近所には、母によく似たひとがいる。

 だいぶ前から母には、知人から「声をかけたのに無視された」といった話が出ていた。当日その時間にはいたはずのない場所であり、もしやドッペルゲンガーか? と一時は本気で疑ったほどだった。
 どうやら、容姿がよく似たひとがごく近い界隈に住んでいるらしい、と次第に察しがついてきた。そして数年前、とうとう私がその“よく似たひと”を目撃した。
 場所は近所のドラッグストア。私の前に並んでいた。目撃した瞬間、このひとだ、と解った。

 確かに、似ている。息子でもそう思う。
 ただし、よく見比べれば、明らかに違う。

 顔のパーツや身長は近い。一瞬、横目で見れば似ていなくもない。
 ただし、息子の目から見ると、明らかに体格が違う。母も小柄、その方も小柄ですが、全体に先方の方が身体周りが大きい。
 最も顕著なのは、雰囲気。そのひとには愛想がない。息子が言うのもなんだが、私の母はかなりの社交家で、よく行くお店の店員からも慕われるようなひとですが、このかたは率直に言って、あまり態度が良くない。店員への態度が横柄で、後ろから見ていても印象が悪かった。
 私が発見したことを契機に、母も間もなく目撃、それから母とその“よく似たひと”の存在はご近所の親しいひとには周知されるようになっていった。くだんのドラッグストアでも次第にその態度の差から違いが認識できるようになって、間違われることは減ったそうだ。

 ただし、恐らく先方は未だに、自分によく似た私の母の存在を認識していない節がある。いまでもしばしば誤って挨拶して、冷たくあしらわれた経験をするひとが後を絶たない。
 そのせいで先日、母は後ろから急に、小声で名前を呼ばれたそうだ。振り返ってみるとご近所の娘さんで、後ろに母親がいる。挨拶をしようと思ったけど、似たひとだったら冷たく無視されるので、娘にいちど声をかけてもらったんだそうだ。

 もしまたあのひとを見つけたら、「知らないひとに声をかけられても、“人違いです”ぐらい言ってください」とお願いするべきなんだろうか。あれ以来、お目にかかる機会自体がごく稀ではあるのだけど。
 ……ていうか、かれこれ20年くらい似たような経験があるはずなのに、なんであのひとはまだ気がついてないんだ。実のところこっちは、もはやどの辺に住んでる人なのかも把握しつつあるのに。

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