『グリーン・デスティニー』


原題:“臥虎蔵龍” / 英題:Crouching Tiger, Hidden Dragon / 原作:ワン・ドウルー / 監督:アン・リー / 脚本:ジェームズ・シェイマス、ツァイ・クォジュン、ワン・ホェリン / 製作:アン・リー、ビル・コン、シュー・リーコン / 製作総指揮:ジェームズ・シェイマス、デヴィッド・リンド / アクション監督:ユエン・ウーピン / 撮影監督:ピーター・パウ / 編集:ティム・スクワイアズ / 衣装&美術:ティン・イップ / 音楽:タン・ドゥン、ヨーヨー・マ / 出演:チョウ・ユンファ、ミシェル・ヨー、チャン・ツィイー、チャン・チェン、チェン・ペイペイ、ラン・シャン、リー・フォーツァン、ハイ・イェン、ワン・ターモン、リーリー / 配給:sony Pictures Entertainment
2000年中国、香港、台湾、アメリカ合作 / 上映時間:2時間 / 日本語字幕:?
2000年11月3日日本公開
2016年11月2日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon|15周年アニバーサリー・エディションBlu-ray Disc:amazon|4K ULTRA HD + ブルーレイセット:amazon]
Blu-ray Discにて初見(2020/05/12)


[粗筋]
 当代きっての剣の名手であるリー・ムーバイ(チョウ・ユンファ)が碧名剣グリーン・デスティニーを手放す決意を固めた。誰もが扱えるわけではないこの名剣を巡って争いが繰り返され、ムーバイ自身の師であり友人であった人物も命を落としている。師の敵である碧眼狐ジェイド・フォックスは未だ発見できていないが、彼が剣を手放すことで、その歴史に一区切りをつけることを願ったのだ。
 ムーバイは師の未亡人であり、運送業を取り仕切っているユー・シューリン(ミシェル・ヨー)に碧名剣を託した。シューリンは他の荷物とともに剣を北京まで輸送し、現地で資産家のティエ氏(ラン・シャン)に寄贈する。
 だがその夜早々に、碧名剣はティエ氏の館から奪われてしまう。館に逗留していたシューリンが賊を追跡するが、逃げ切られてしまう。賊が最終的に逃げ込んだのは、ユイ長官(リー・ファーツォン)の館だった。
 長官にはイェン(チャン・ツィイー)という娘がいる。間もなく有力者の家に嫁ぐ予定であった彼女こそ、碧名剣を盗み出した賊だった。そして彼女は、家庭教師として長官宅に身を潜めていた碧眼狐(チェン・ペイペイ)によって武術の手ほどきを受けていた――


[感想]
 香港・中国には“武侠”というジャンルがある。過去の中国を舞台に、武術と儀を重んじるひとびとを中心にしてスピーディに描かれる大衆文学であり、中華圏では一大ジャンルとなっている。そのキャッチーさ故に映画化も多数行われており、日本にもジャッキー・チェンやサモ・ハン・キンポーの全盛期などにこのジャンルに該当する作品が輸入されているが、恐らく体系的に鑑賞しているひとは日本においては少ないのではなかろうか。
 私自身もこれ以上の説明はできない程度の知識で、断定的に語ることは出来ないのだが、前述したジャッキーらが出演した武侠ものの作品群と本篇を比較すると、圧倒的に作りが洗練されている。
 まず特筆すべきは、ドラマとしての質の高さだ。一振りの名剣を巡る命と誇りの駆け引きが繰り広げられるが、そこで描かれる人間の心情に奥行きがある。自らが剣を持ち続けることで起きる争いの連鎖を憂いながらも、技を受け継ぎ後代に遺す、という意識に突き動かされるリー・ムーバイ。ムーバイの亡き師の許嫁であったが故に、ムーバイと惹かれあっていることを自覚しながらも動けないシューリン。ある種の強い情熱を抱きながらも、意に添わぬ結婚を決められたことにより周囲の予想しない振る舞いに及ぶイェン。これに碧眼狐や、イェンの過去に関わる人物も絡むことで、物語は激しい起伏を作り出す。
“武侠もの”に相応しく、本篇の中心となって動くひとびとの行動理念には武術、技巧へのそれぞれに異なる強い想いがあるが、同時にこの時代ならではの女性観もまた鍵となっている。
 イェンは意思の確認もされないままに嫁入りを強制され、周囲もまたそれを名誉のように表現する時代である。そうして女性が家に隷属し、自らの意志を主張することも出来ない時代であればコソの苦悩が本篇には非常に色濃い。イェンや、彼女と深く関わるある人物にとっては羨むべき立場にも見えるシューリンでさえ、この時代の女性に強いられる倫理観によって縛られている部分がある。それが各々の意地や執念をかたちづくり、摩擦を生む。どれほど希求しても与えられない苦しみを抱える彼女たちの戦いは、その逞しさの影に儚さや哀しみが垣間見える。奔放に展開するかに見える
 そうしたダイナミックにして繊細なドラマを、こちらも技巧と洗練が高いレベルで融合したアクションで飾っている。ワイヤーを駆使し、まるで浮くように宙を跳躍し、旋回しながら敵の攻撃を返す剣技はおよそ現実離れしているのだが、その驚異的なスピード感と緻密に組み立てられた構成によって、不自然さを感じさせずに見せてしまう。現実離れしたやり方でも流れにはしっかり嵌まっており、アクションそのものにしっかりと物語が織り込まれているのだ。
 そのことがもっともよく解るのが、クライマックス手前に設けられた竹林でのひと幕だろう。竹の上にふわりと舞い降り、その状態で剣を交える、という凄まじい趣向だが、そこに対峙するふたりの技倆の差、ここで戦う理由までもがしっかり表現されている。静謐にして優雅、それでいて次元の極めて高いアクションが繰り広げられていることが実感できるこの場面は、映画におけるアクション・シーンの歴史でも特筆すべき名場面だと思う。
 愛憎と誇りの入り乱れた戦いは、ある意味では虚しく終わりを告げる。しかし、その戦いの終焉で見せる彼らの変化、真の想いは嫋々たる余韻を残す。それだけなら謎めく幻想的なラストシーンも、野心と愛情との狭間でもがき続けた彼らの物語を、それに相応しい悟りの境地へと導くかのようで、美しく収まっている。
 香港系のアクションの到達点を示すと共に、それを詩情にまで昇華させた、稀有な傑作である。


関連作品:
ハルク』/『ブロークバック・マウンテン』/『ラスト、コーション』/『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日
男たちの挽歌』/『ポリス・ストーリー3』/『初恋のきた道』/『愛の神、エロス』/『大酔侠
ファイナル・ドラゴン』/『飛龍神拳』/『成龍拳』/『風雲 ストームライダーズ』/『風雲 ストームウォリアーズ』/『HERO 英雄』/『LOVERS』/『セブンソード』/『処刑剣 14 BLADES』/『捜査官X』/『ドラゴンゲート 空飛ぶ剣と幻の秘宝

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