『ミッドナイトスワン』

TOHOシネマズ上野、スクリーン3入口脇に掲示された『ミッドナイトスワン』チラシ。
TOHOシネマズ上野、スクリーン3入口脇に掲示された『ミッドナイトスワン』チラシ。

監督&脚本:内田英治 / エグゼクティヴプロデューサー:飯島三智 / プロデューサー:森谷直、森本友里恵 / ラインプロデューサー:尾関玄 / 撮影:伊藤麻樹 / 照明:井上真吾 / 録音:伊藤裕規 / 美術:我妻弘之 / 編集:岩切裕一 / 衣装:川本誠子 / コスチュームデザイン:細見佳代 / ヘアメイク:板垣英和、永嶋麻子 / 音楽:渋谷慶一郎 / 出演:草彅剛、服部樹咲、田中俊介、吉村界人、真田怜臣、上野鈴華、水川あさみ、田口トモロヲ、真飛聖、佐藤江梨子、平山祐介、根岸季衣 / 製作プロダクション:アットムービー / CULEN製作 / 配給:kino films
2020年日本作品 / 上映時間:2時間4分 / PG12
2020年9月25日日本公開
公式サイト : https://midnightswan-movie.com/
TOHOシネマズ上野にて初見(2020/09/10) ※ひと足お先に見せます上映


[粗筋]
 ニューハーフショウバー《スイートピー》でダンサー兼ホステスとして働くトランスジェンダーの凪沙(草彅剛)に、ある日、広島の母・和子(根岸季衣)から電話がかかってきた。凪沙にとっていとこにあたる桜田早織(水川あさみ)が若くして産み、中学生に育った娘の一果の養育を放棄している状態にあるため、凪沙――というより、カミングアウトをしていないため、和子にとっては未だ息子の健二――に一時的に預かって欲しい、と言うのだ。
 短い間だけ、という話だったので、凪沙はしぶしぶ一果を家に受け入れる。日々泥酔し、たびたび虐待も受けていた一果は凪沙に対しても心を開かず、無口で異様な子供だった。もともと構うつもりもない凪沙は、家にいるあいだ、整理整頓はすること、トランスジェンダーとして生きる凪沙の生活を邪魔しないことを一果に厳命した。
 転校先でも自ら壁を作り、周りと親しまなかった一果だったが、あるとき、近所にあったバレエ教室に惹き寄せられる。教室の経営者である片平実花(真飛聖)に誘われ、体験レッスンを受けた一果は、自分が秘めた可能性を初めて知った。
 しかし、実母はもちろん、ただ一時的に身を寄せているだけの凪沙にも受講料を頼むわけにはいかない。そんな一果に、バレエ教室で親しくなった桑田りん(上野鈴華)は自分が秘密でしていた、撮影会のモデルのアルバイトを紹介した。
 そうしてレッスン料を工面することの出来た一果は、その才能を瞬くうちに伸ばしていった。実花も一果を重点的に教えるようになり、嫉妬したりんは、危険な個人撮影会の枠に一果を誘ってしまう。
 撮影会の客に一果が激しく抵抗したことで、一果とりんは警察に補導された。保護者として呼ばれた凪沙は初めて、一果がこっそりバレエを学んでいたことを知る。一時的に預かっていたに過ぎない凪沙は、教室に通わせる気もなかったが、ひとりにしておけず、連れて行ったショウバーで踊る一果を見たとき、彼女の中でなにかが変わった――


[感想]
“LGBT”と十把一絡げに括ってしまうのは、個人的にはあまり賛同できない。みな“性”についての問題を抱え、誤解や差別に苦しみながら生きている、という具合におおまかに捉えるなら確かにまとめられるが、たとえば心身ともに男性であるが同性を愛するひとと、女装を好むが肉体が男性であることには違和感はないひと、そして男性の肉体であることに違和感を抱き本質が女性であると理解しているひとでは、悩みも対処も異なる。性同一性などに困難を抱えていないひとと比べれば相互に理解はしやすいと思われるが、決して何もかも同じには決してなり得ない。性についての認識、嗜好で差別されるべきではない、という趣旨にはまったく異存はないが、そうした苦しみを抱えているひと同士であっても、その苦しみの本質で一致することはない、という点は弁えるべきだと思う。
 本篇に登場する凪沙は、肉体は男性として生まれたが、幼い頃から性自認は女性だった、という種類のトランスジェンダーである。ニューハーフが集うショウバーで働きながら、稼ぎを蓄え、性適合手術を受けるための準備として定期的にホルモン注射を受けている。
 恐らく、かなりしっかりとリサーチを行ったと思しく、凪沙や彼女を含むトランスジェンダーたちの暮らしぶりや遭遇する困難がことごとくリアルだ。一時的に転校する一果の保護者として学校に赴けば奇異の目を向けられ、注射の副作用が激しい夜には己の身体を呪って号泣する。中盤以降、一果のために安定した収入を得る覚悟をしたあとの彼女を巡る運命は、恐らく予備知識から観客が想像するそれよりも更に過酷で、惨い。
 この極端でいて、実在感と説得力を付与するには覚悟を必要とする役柄を、草彅剛は完璧と言っていいレベルで演じきっている。普段は、見知らぬ人々から向けられる奇異の眼差しを飄々と受け流していても、何らかのきっかけで感情を爆発させるその姿の切なさ。一果と打ち止めたあとに見せる気遣いや繊細さは、肉体はどうあれ間違いなく女性だ。一部だけ男性の姿になるくだりがあるのだが、それがどの場面よりも痛々しいことこそ、草彅がこの難役をものにした何よりの証左だろう。
 そんな彼女を変化へと導いていく一果を演じた服部樹咲は、もともとバレエで優秀な成績を残した人材だったらしい。恐らく、劇中のバレエ演技の説得力、美しさを重視したためだと思われるが、それ以外の日常部分でもかなりの表現力を示している。序盤は虐待を受けていた少女らしく平素は感情を露わにしない。それ故に、時折溢れる衝動を叩きつけるように自分の腕を噛むシーンがより痛々しく、そして静かに表情を取り戻していくさまに感動が生まれる。映像での演技自体はまだまだ不慣れでぎこちなさも覗くが、それがこの一果のキャラクター性に却って馴染んでいる。不自然さまで込みで完璧に仕上がった草彅演じる凪沙と、いいバランスで調和しているのもポイントだ。
 丁寧なリサーチや人物作りをしてしまったのが却って災いしたのか、この作品はいくぶん飛躍しているような箇所が目立つ。一果がどうしてバレエにだけ興味を示したのか、実花に「癖がついてる」と言われる程度には経験があったと思しいが、その理由を示さない、というのもひとつだが、特に極端なのはそんな一果の夢と才能を知ったあとの凪沙の行動だ。
 ショーバーの同僚の変節を引き鉄に、凪沙もまた過酷な道を選ぶのだが、正直なところ、どうしてそこまで急激に舵を切ったのかが解りにくい。一果のレッスンのために安定した収入を確保したい、という意識は察せられるのだが、冷静に考えれば、ここで彼女が選んだどの仕事よりも、恐らくショーバー勤めが安定している。彼女が最初に就活をかけた一般企業ならばまた別だろうが、あえて違う職に転じたことにいまひとつ説得力がない。
 まして、凪沙が収入を安定させよう、と考えたいちばんの理由は一果のレッスン代プラス発表会の費用だと思われるが、確かに安くないにしても、もともと性適合手術を受けるつもりで蓄えていた彼女があっさりと干上がるほどではないはずだ。どうしてもその分を残したかった、というならそういう描写は必要だろうし、翻って、そうして凪沙がどこまで一果の美しさと才能に賭けるか、という逡巡を描きうる要素でもあっただけに、それを活かしていない、という見方からも惜しく思える。
 とは言え。徹底して過激な道に走ってでも一果を支えようとした凪沙の悲愴な姿は、痛々しくも鮮烈に感情を揺さぶる。一果の才能を守るために、超えることを迷い、そして超えるべきでなかった一線を一気に超えていく凪沙の佇まいは、沈痛だが同時に凜々しくさえある。この終盤における草彅剛の緩急を織り交ぜた演技、その身体の芯から滲むような儚さと逞しさは、一見の価値がある。
 この作品でクローズアップされる人物のほとんどは、“望んだものを与えられなかった”ひとびとだ。女性の身体を与えられなかった凪沙や彼女の同僚たち、バレエの才能に恵まれなかったりん。一果の母親・早織もまた、愛情や母親としての才能に恵まれていなかった、とも解釈出来る。
 凪沙と共鳴し、彼女のもとでバレリーナとしての才能を花開かせた一果は、そんな“望んだものを与えられなかった”ひとびとを背負うように踊る。冒頭のシーンと対を為すラストシーンでの一果が、吸い寄せられてしまいそうなほどに美しいのも、そうした蓄積が彼女の舞う姿に見事に重なる構成の為せる技だろう。
 この作品でもうひとつ、特に評価したいのは、他人について、安易に「解る」と共感するひとがいない点だ。凪沙は一果に“美しさ”という希望を託し、一果のために尽くしながら、「理解できる」ということばは使わない。彼女に自分が必要だ、と信じ、そのために行動する。一果もまた、凪沙やトランスジェンダーへの理解などといったものを軽々しく口にしたりしない(もともと口数が少ない、というのも多少はあるだろうけれど)。物語終盤で変化を見せる、ある人物でさえも、態度から許容は窺えても、解ったような物云いはしない。
 そこで話は、最初に記したことに立ち戻る。ひとくちに《LGBT》と言っても、その本質的な困難はそれぞれ微妙に異なる。そして彼らに限らず、誰も彼も完全に解り合うことは出来ない。だが、それでも共鳴しあい、お互いを受け入れた先にある“理想”を描きだしているから、本篇は尊く、美しい。いささか舌足らずなところもあるが、それすらいっそ愛おしい傑作である。


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