『マネー・ショート 華麗なる大逆転』

TOHOシネマズ西新井が入っているアリオ西新井外壁に掲示されたポスター。

原題:“The Big Short” / 原作:マイケル・ルイス(文春文庫・刊) / 監督:アダム・マッケイ / 脚本:チャールズ・ランドルフ、アダム・マッケイ / 製作:ブラッド・ピット、デデ・ガードナー、ジェレミー・クライナー、アーノン・ミルチャン / 製作総指揮:ルイーズ・ロズナー=マイヤー、ケヴィン・メシック / 撮影監督:バリー・アクロイド / プロダクション・デザイナー:クレイトン・ハートリー / 編集:ハンク・コーウィン / 衣装:スーザン・マシスン / 音楽:ニコラス・ブリテル / 出演:ライアン・ゴズリングスティーヴ・カレルクリスチャン・ベールブラッド・ピット、フィン・ウィットロック、ジョン・マガロ、ジェレミー・ストロング、レイフ・スポール、ハーミッシュ・リンクレイター、メリッサ・レオマリサ・トメイマーゴット・ロビー、アンソニー・ボーディン、セレーナ・ゴメス、リチャード・セイラー / プランBエンタテインメント製作 / 配給:東和ピクチャーズ

2015年日本作品 / 上映時間:2時間10分 / 日本語字幕:栗原とみ子

第88回アカデミー賞脚色部門受賞(作品・監督・助演男優・編集部門候補)作品

2016年3月4日日本公開

公式サイト : http://www.moneyshort.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2016/3/4)



[粗筋]

 2005年、もと神経科医で義眼、ヘヴィメタル愛好家、という変わったプロフィールを持つ投資家のマイケル・バーリ(クリスチャン・ベール)は、不動産抵当証券についての情報を精査しているとき、奇妙なことに気づく。ムーディーズなどからAAAという最上位の格付けを受けている安定性の高い金融銘柄であるはずのこの証券は、しかし抵当権の多くに返済の見込みが悪いサブプライムローンを含んでおり、極めて不安定な構造になっていた。近々に変動金利が実施されれば、一気に債務不履行に発展する。

 バーリはこの事実を勝機とするべく、大規模な“空売り”の計画を立て、顧客達に呼びかけた。手許にない現物についての販売契約を結ぶことで、やがて銘柄が値下がりをしたときに買い戻し、大幅な利益が見込める、と踏んだのである。

 極めて信頼性の高い証券に対して仕掛けたこの“賭け”に、多くの投資家達は戸惑い、半信半疑だったが、僅かながら触発された者たちがいた。

 最も早く動いたのは、ドイツ銀行のジャレド・ベネット(ライアン・ゴズリング)である。多くの人々が眉に唾つけたバーリの話を精査し、債務不履行が確実に起こる、と確信したベネットもバーリと同様、投資家への呼びかけに走った。

 このベネットの話に耳を傾けたひとりが、ヘッジファンド・マネジャーのマーク・バウム(スティーヴ・カレル)である。何事につけ不正を糺さずにいられない性分のバウムは、間違い電話をきっかけにベネットの計画を知り話を聞くが、しかし住宅ローン市場の破綻については半信半疑だった。バウムは部下とともに出張し、開発中の物件や販売に出されている抵当対象の物件を視察したが、その結果――ベネットの話を信じるほかなくなった。投資家達の目の届かない現場において、住宅ローンの取引はとっくに破綻が始まっていたのである。

 更にもうひと組、この“空売り”に関心を抱いたのが、20代の若き投資家コンビ、ジェイミー・シプリー(フィン・ウィットロック)とチャーリー・ゲラー(ジョン・マガロ)だ。ところが、空売り自体は資金がなくても可能だが、しかし実際に取引を行うためには、業界の信用を得、承認を受ける必要がある。資産も信用もまったく足りないふたりは、ベン・リカート(ブラッド・ピット)を頼る。犬の散歩で知り合ったこの人物は、もともと凄腕のトレーダーであったが、業界に失望し、隠遁生活を送っていた。リカートは若いふたりから示唆された、不動産抵当証券の破綻の可能性を認め、自らのコネクションを駆使して、ふたりが取引を行えるように便宜を図る――

[感想]

 2007年に発生したリーマンショックアメリカのみならず、世界経済に大打撃を与えた、歴史に残る事件であった。にも拘らず、いったい何が起きたのか、という点についてはあまり把握していない、というひとは多いはずである。かくいう私自身もそうだし、本篇の出演者達はおろか監督でさえも、原作となるルポルタージュを読むまではあまり理解していなかった、と打ち明けるほどだ。

 しかし本篇を観ると、その理由が見えてくる。理解できない、ということがある意味、一連の事態を深刻化させた元凶であった、とも言える。現象を解体すれば、それ自体は直感的に理解できることなのに、金融商品として再構成された物事は、さながら別のもののように飾られて、本質を見えなくしている。本篇で描かれているように、たまたまその本質を解体し、分析したものだけが危険を察知することが出来た。

 本篇で描かれているのは、この未曾有の金融危機に乗じて一攫千金を目論んだ者たちの姿である。

 面白いのは、本篇はそこで“巨悪を暴く”というふうに体裁を繕うことをしていないことだ。出資者の利益を最優先する立場のバーリは当然とも言えるが、不正を糾弾せずにいられない性分のバウムでさえ、違和感を覚えながらも発見した瑕疵を千載一遇の好機として扱う。

 そこには、彼らが金融という世界に身を置いているが故の“業”が垣間見える。たとえばこれが将来性のある事業分野の開拓であったとしても、一つの企業が破綻するときであったとしても、恐らく彼らの行動原理は損得を軸にするはずだ。そこに大きな犯罪が絡んでいようと、たぶん関知はしない。

 決して彼らが、血も涙もない悪魔だ、というふうに描いているわけではないのだ。むしろ、そういう営みの世界に身を置く者であるが故の“慣れ”、或いはシステムに対する“妄信”がそこに見え隠れする。

 それが最も顕著なのは、“怒れるトレーダー”バウムだろう。猜疑心の強い彼は、銀行家ベネットの示唆に対し、自ら住宅市場を直接確認に赴いたほどだ。それ故に、この欺瞞に満ちた現実に怒りを覚えながらも、自らの職務として“空売り”に着手する。だが、事態が進行するほどに、その表情には怒りよりも憂いのほうが色濃くなっていく。本篇の中で、世界経済をも巻き込む未曾有の危機が起こりつつある、ということを初めて具体的に感じ、言及されているのは彼だけなのだが、それほどの事態に遭遇したが故に味わう絶望は計り知れない。エピローグとして、文章でのみ示される主要登場人物たちの“その後”は各人様々ではあるが、誰もが似たような境地に辿り着いていると思われるのが興味深い。

 現実そのものが持つ問題の根深さ、関わったひとびとのドラマもそれ自体極めて魅力的だが、本篇が優れているのはその説明と、処理に施した多くの工夫だ。

 よくよく考えるとその仕組みはシンプルであり、金融業界全体が専門用語で本質を曖昧にしているに過ぎない、と理解できるが、舞台がその金融業界である以上、どうしても金融用語が飛び交うのは避けられない。本篇はそこをごまかさない代わりに、登場人物たちが用いる比喩の他に、実在の著名人達が実名で登場し、極めて解りやすい表現で説明するくだりを挿入しているのがユニークだ。シェフであり司会者でもあるアンソニー・ボーディンは日本ではあまり知名度は高くないと思われる(調べるとフィクションも出版しており、何冊か日本で訳出もされている)が、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』にも出演していたマーゴット・ロビーや、歌手としても人気が高いセレーナ・ゴメスあたりは、本名で出てこられると日本人でもハッとする。そんな彼らがカメラ目線で、ユーモアを交えつつ平易に解説してくれると、嫌でも傾聴せずにはいられない。

 この作品、通常の登場人物たちもしばしばカメラ目線で、観客に語りかけてくる。「解りにくいだろう?」と共感を求めてみたり、「実際にはこんなドラマティックな展開じゃなかった」と戯けてみたり、と外連味を加える趣向は、フィクションながら体験者が実際に観客に語りかけてくるような錯覚をもたらし、リアリティのみに徹した作品とはちょっと違う臨場感を演出している。このあたりは、もともとコメディ作品に携わってきた監督ならではの呼吸と言えるだろう。

 斯様に随所にコミカルな描写や意識的な皮肉が盛り込まれているが、本篇は基本、それがまったく笑えない。しかし、笑えない、ということが本篇では肝要なのだ。複雑怪奇に見せかけて本質は単純、無数に折り重なった欺瞞の上で得意げに踊っていたひとびとの足場が崩れていく様は極めて滑稽だが、しかしその背後で起きている惨劇を考えると、笑えない。前述したように、その危機感は“怒れるトレーダー”バウムのパートから窺い知れるが、物語の中で若いトレーダー2人組の師匠として登場し、終始興奮することもなく淡々と事態に向き合うベン・リカードが終盤、状況が自分たちにとって有利に動いていることに歓喜する若い弟子たちを鋭く叱るくだりで端的に表現されている。

 事実にしっかりと根を下ろし、金融業界を生々しく垣間見せながらも解りやすさを演出する。その中において、安易な勧善懲悪的描写に走ることなく、物語としての爽快感を味わわせながらもある種の恐怖と虚ろな余韻さえも漂わせる。“リーマンショック”という歴史的事件が象徴する、人間の滑稽さや愚かさを2時間弱に凝縮した、確かに見応えのある傑作なのである。平易に描いている、とは言い条、金融業界用語はやはり飲み込みやすいとは言いがたいので、繰り返し鑑賞するか、予めリーマンショックに関わる用語を少し学んだうえで鑑賞した方がいい、という点がやや敷居を高くしているのは否めないけれども、それを差し引いても、アカデミー賞脚色部門の受賞は非常に頷ける。

関連作品:

マージン・コール』/『摩天楼を夢みて』/『ウォール街』/『ウォール・ストリート』/『ウルフ・オブ・ウォールストリート

しあわせの隠れ場所』/『マネーボール

ドライヴ』/『スーパー・チューズデー 〜正義を売った日〜』/『ゲット スマート』/『アメリカン・ハッスル』/『それでも夜は明ける』/『キャロル』/『ゼロ・ダーク・サーティ』/『もうひとりのシェイクスピア』/『バトルシップ』/『プリズナーズ』/『リンカーン弁護士』/『ゲッタウェイ スーパースネーク

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