『96時間』

『96時間』

原題:“Taken” / 監督:ピエール・モレル / 脚本:リュック・ベッソン、ロバート・マーク・ケイメン / 製作:リュック・ベッソン / ライン・プロデューサー:ディディエ・オアロ / 撮影監督:ミシェル・アブラモヴィッチ,A.F.C. / プロダクション・デザイナー:ユーグ・ティサンディエ / 編集:フレデリック・トラヴァル / 衣装:オリヴィエ・ベリオ / 音楽:ナサニエル・メカリー / 出演:リーアム・ニーソンマギー・グレイスリーランド・オーサージョン・グライス、デヴィッド・ウォーショフスキー、ケイティ・キャシディ、ホリー・ヴァランスファムケ・ヤンセン、ザンダー・バークレイ、オリヴィエ・ラブルダン、ジェラール・ワトキンス、ゴラン・コスティッチ、カミーユ・ジャピ / 配給:20世紀フォックス

2009年フランス作品 / 上映時間:1時間33分 / 日本語字幕:松浦美奈 / PG-12

2009年8月22日日本公開

公式サイト : http://www.96hours.jp/

TOHOシネマズ有楽座にて初見(2009/08/22)



[粗筋]

 ブライアン(リーアム・ニーソン)はいま、娘・キム(マギー・グレイス)との絆を取り戻すためだけに生きている。

 かつてアメリカ政府のために危険な工作活動を続けていたブライアンは、娘をこよなく愛しながらも長期的に家を空ける生活を余儀なくされ、とうとう妻レノーア(ファムケ・ヤンセン)に愛想を尽かされてしまった。キムはレノーアの再婚相手である資産家のもとで暮らしており、ブライアンは彼女の傍にいるために職を辞し、孤独な日々を過ごしている。

 かつての同僚はブライアンの培った技術を惜しみ、大物シンガー・シーラが地元でコンサートを開く際のボディガードの仕事にブライアンを誘った。終了後、殺到したファンに紛れて現れた暴漢がシーラを襲撃したところをブライアンは見事に取り押さえ、シーラは感謝の印として彼に名刺を渡す。歌手志望であるというキムに、サポートを申し出たのだ。

 翌る日、キムからランチに誘われていたブライアンはこの話を手土産にキムを喜ばせるつもりでいたが、その場には何故かレノーアも顔を見せた。戸惑うブライアンにふたりが示したのは、パリ旅行の承諾書だった――未成年であるキムが渡航するためには保護者のサインが必要であり、そのためにブライアンを呼びだしたのである。

 かつて命の駆け引きを繰り返していたブライアンは、女の子だけで海外を旅する危険をよく知っていただけに、即座に反対した。だがそんな彼を元妻は“束縛している”と罵り、娘は泣いて飛び出してしまう。喜ばせるための話を持ち出す余裕もなく、結局ブライアンは条件付きでサインをしたのだった。

 そして、旅行初日。飛行機が到着したらすぐに一報を入れるように注文をつけておいたのになかなか連絡がなく、ようやく電話に出た娘は、だが話の途中で突然息を呑んだ。キムのいたバスルームの向かいの窓に、今まさに誘拐されようとする友人の姿があったのだ。

 キムに一時的に避難するよう告げながら、ブライアンは既に覚悟を固めていた。娘は間もなく攫われるだろう、と。そして、彼女を取り戻すためには、決して手段を選ばない、ということを。

[感想]

 邦題の“96時間”は、人身売買組織に囚われた女性を無事に確保出来る限界の時間として、作中の人物が口にする言葉に基づいている。明確に犯人側から示されたタイム・リミットではなく、作中でも意識してカウントされることはない。従って、制限時間が迫ってくるが故の緊迫感を期待して足を運ぶと、やや期待外れの印象を抱くだろう。

 だがそれでも、いったん観始めたが最後、どんな期待をしていたかに拘わらず、最後まで釘付けにされてしまうに違いない。そのくらい本篇のインパクト、牽引力はずば抜けている。

 実のところ、アクションの新鮮さ、アイディアの豊かさという見地からすると、決して秀でたところはないのだ。主人公ブライアンの戦闘術はいわゆるマーシャル・アーツだが、同系統としてはマット・デイモン主演のジェイソン・ボーンのシリーズのほうが趣向としても優れ、動きにも冴えがある。どちらかと言えば、娘の行方を捜すことに重点を置いた本篇は、アクションの舞台も必然性が優先され、決してユニークさや特異さはない。

 また本篇は、他のアクションもののように敵方が圧倒的な戦力を誇っていたり、主人公に比肩するような戦闘能力の持ち主がいるわけでもなく、結果としてアクション描写にややメリハリを欠く結果を齎している。アクションそのもので息を呑むような鮮烈さ、目を見張るような衝撃を受けることはないだろう。

 この映画における魅力はすべて、主人公ブライアンのキャラクターとその描き方の一点に集約されている、と言っていい。

 これまでのアクション映画には存在しなかった――と言えるほど特殊ではない。もともと政府のために特殊な任務に就いていた男、しかし仕事のために家族を犠牲にした結果、いまは別々に暮らしている。妻との関係改善は望むべくもないが、娘を溺愛し、懸命に尽くそうとしている。そのあたりまでは、けっこうありがちな設定だ。その愛する娘が攫われ、救出のために奔走する、というのも決して珍しいプロットではない。

 本篇の特異な点はここからだ。旅行中、連絡を密に取るように忠告していたこともあって、まさに攫われる瞬間、ブライアンは娘と通話中だった。そのお陰で、娘が奪われる音を聞きながらも、犯人に関する情報を得ることに成功する。そして、電話に出た犯人に警告した通り、一切の容赦なく犯人たちを追い始める。

 その冷酷さは、一歩間違えば彼自身を悪役に貶めるほどだ。そもそも娘に目をつけた男が追跡中に事故死しても、手懸かりを失った、ぐらいの動揺しか見せず、中盤では情報を引き出すために、無関係な家人に向かって容赦なく引き金を引く。途中、ひとりの女性に救いの手を差し伸べるが、それでさえ娘を助けるため、という目的意識から揺るぎがない。そんな主人公のダーティさ自体が本篇においては魅力となっている。

 だが、この魅力を決定づけているのは序盤の、どちらかと言えばダメ親父と表現したくなるような言動だ。妻の再婚相手が催した誕生日パーティに、吟味したプレゼントを持っていっても、娘はより高価なプレゼントに気を取られ、帰宅して娘の写真を眺めてひとり頬を緩める孤独な姿。無謀な旅行を心配しているだけなのに、元妻に「束縛している」と罵られ、娘には泣かれ。世間によくいる、家族を愛しながらも理解されない父親像を見事に体現している。そんな父親が一転して勇猛果敢に暴れまくるからこそ、魅力が溢れ出す。しかも序盤で溺愛ぶりを存分に示しているから、モチヴェーションが強く言動に説得力が備わっている。逆に、だからこそ何をしでかすか解らない、という雰囲気が、従来のアクション映画とは別の牽引力にも繋がっているのだ。

 いくら大義名分があるとはいえまさにやりたい放題で、果たしてああも丸く収まるものか、という疑問もある。同時に、あれほど必死に立ち回ったわりには少々あっさりした結末であるのも気になるところだ。だが、ある意味これほど純粋な娘への愛を迸らせたあとでは、編に華々しい結末などよりも、このくらいささやかな締め括りのほうが似合うし、何らかの処罰を描いてケチをつけるのも似つかわしくない。もしかしたらあったかも知れない負の部分を敢えて描かなかったからこそ、本篇はシンプルながらも爽快感の強いエンタテインメントとして成立しているのだ。

 アクション好きであれば、新味の欠ける駆け引きをちょっと残念に思いつつも満足出来るであろうし、主人公と同年配で、日常で辛い想いを重ねている人なら心底スカッとした気分を味わえるだろう。ある意味でとても純度の高い、本物の娯楽映画である。

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