『スリ』

スリ [DVD]

原題:“文雀” / 監督・製作:ジョニー・トー / 脚本:チェン・キンチョン、フォン・チーチャン / 撮影監督:チェン・シュウキョン / 編集:デヴィッド・リチャードソン / アクション監督:ユイ・ビン / 音楽:グザヴィエ・ジャマー、フレッド・アヴリル / 出演:サイモン・ヤム、ケリー・リン、ラム・カートン、ロー・ホイパン、ロー・ウィンチョウ、ケネス・チェン、ラム・シュー / 銀河映像(香港)有限公司製作 / 映像ソフト発売元:FINE FILMS

2008年香港作品 / 上映時間:1時間27分 / 日本語字幕:?

2009年11月6日DVD日本盤レンタル開始

2010年5月7日DVD日本盤発売 [amazon]

DVDにて初見(2010/04/16)



[粗筋]

 ケイ(サイモン・ヤム)はスリを生業としている。ボー(ラム・カートン)、サク(ロー・ウィンチョン)、マック(ケネス・チェン)と4人で組み、人混みの中で一気に稼ぐのを得手としていた。

 ある日、ケイは趣味の写真撮影中に、慌てて逃げるひとりの女(ケリー・リン)と遭遇する。後日、さながら誘惑するかのように接触してきた彼女にケイは興味を惹かれ、財布をすって身分証を確かめた。

 チャン・チュンレイというその女は、ふたたびケイの目の前で逃げ出す素振りをみせる。慌てて追った彼は、だが何者かの罠に嵌り、手傷を負わされる。翌る日、仲間たちとの溜まり場である食堂を訪れると、ボーとサクは脚を、マックは頭を怪我していた。

 話を聞くと、全員があのチュンレイと接触し、色仕掛けをされている。何か狙いがある、と察知したケイたちは彼女を見つけ出し、ビルの屋上へと追いこんで問い詰めた。チュンレイは自らの行為と、累が及んだことを素直に詫びると、その理由を打ち明ける……

[感想]

  ジョニー・トー監督は男の世界を描くのが達者だと言われる。それは確かだ、と本篇を観ると頷ける。一方で、“男泣きを誘う”というのは少し違うのではないか、と感じた。

 多分他の国の監督――いや、恐らく香港でも同様だろうが、スリグループの遭遇する困難を描くとすると、少なくとも一人は女性をメンバーに加え、グループ内に色恋を絡めてしまうだろう。現実の世界で、こういうグループに常に女性をいれるだろうか、というのとは話が違う。映画として作る上でのセオリーはどちらなのか、という疑問だ。本篇のように、本当に男だけで構成してしまうのは、恐らく特異な例だろう。

 そして、そのメンバーの中できっちり絆や確執を描く手管が巧い。本篇ではあまり言い争いや対立する場面を描くことはないが、それでも心境や関係の変化を織り込み、結末へと巧妙に繋いでいる。

 いわゆる“男泣き”の要素は、こういう人間関係を通して、動かせない矜持や悲劇を克明にしていくから生まれる、いわば余禄のようなものだろう。それを目的として映画を作っている訳ではない、と私は感じている。

 だから、本篇に“男泣き”のような要素を期待してしまうと、かなり呆気に取られるに違いない。なんだか、照準の定まっていない代物のようにも感じられるはずだ。

 素直に鑑賞すれば、この作品が描こうとしているのは、風変わりなユーモアや、犯罪の世界で軽やかに生きる男たちの洒脱さだ、ということに気付くはずだ。プロローグ部分、暗い部屋でひとり楽しげに上着を繕う姿の背後に流れる洒落た音楽、スリ仲間との実に滑らかな仕事ぶり、かなり危険な状況に追い込まれているにも拘わらずどこか飄々とした立ち居振る舞い。決して大がかりな仕掛け、騙しあいが描かれている訳ではないのが物足りないが、それでもタッチはとてもスマートな犯罪ドラマの趣がある。

 そして、そのスマートさや、芯の通った言動が、クライマックスでちゃんと意味を持つ。過程で雑な描き方をしていれば、あの決着はとうてい受け入れ難いものだっただろう。主人公も、仲間たちも、敵役ですら筋が通っているから、こういう物語が成立する。

 その上で、ただ登場人物の格好良さだけを追っているわけではないのがミソだ。技術は優れているが、どこかとんちんかんなところの目立つ主人公たちもそうだが、敵役もまた、最後の最後に人としての生々しい姿を覗かせる。序盤から随所に織り込まれるユーモアの一環、とも言えるが、それ以上に、主義や仁義を貫かねばならない世界に生きる男たちの滑稽さ、人間臭さを描くことに誠実であらんとする姿勢のように映る。

ターンレフト ターンライト』を観ても解ることだが、もともとジョニー・トー監督には、代表作でよく用いられているようなハードボイルド的な世界観、男泣きを誘うストーリーに決して縛られず、様々なジャンル、スタイルに波及する意欲と演出力の高さが窺える。本篇はもしかしたら、そういった一方的なイメージを覆すべく繰り出された、軽やかな反撃なのかも知れない。

関連作品:

エレクション〜黒社会〜

ターンレフト ターンライト

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