『戦場にかける橋』

『戦場にかける橋』 戦場にかける橋 HDデジタルリマスター版 [Blu-ray]

原題:“The Bridge on the River Kwai” / 原作:ピエール・ブール / 監督:デヴィッド・リーン / 脚本:カール・フォアマンマイケル・ウィルソン / 製作:サム・スピーゲル / 撮影監督:ジャック・ヒルデヤード / 美術監督:ドナルド・M・アシュトン / 編集:ピーター・テイラー / 音楽:マルコム・アーノルド / 出演:アレック・ギネスウィリアム・ホールデン早川雪洲、ジャック・ホーキンス、ジェフリー・ホーン、ジェームズ・ドナルド、アンドレ・モレル、アン・シアーズ、ピーター・ウィリアムズ、ヘンリー大川 / 配給:コロンビア / 映像ソフト発売元:Sony Pictures Entertainment

1957年アメリカ作品 / 上映時間:2時間42分 / 日本語字幕:今日出海

1957年12月22日日本公開

2011年11月23日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray Discamazon|ブルーレイ・コレクターズ・エディション:amazon]

第1回午前十時の映画祭(2010/02/06〜2011/01/21開催)上映作品

第2回午前十時の映画祭(2011/02/05〜2012/01/20開催)《Series1 赤の50本》上映作品

TOHOシネマズみゆき座にて初見(2011/10/27)



[粗筋]

 1943年、タイとビルマの国境間際に設置された、日本軍の第十六捕虜収容所に、捕えられたイギリス軍の捕虜が移送されてきた。

 日本軍はタイとインド間に鉄道を建設しており、そのために第十六捕虜収容所からほど近いクワイ河に橋を架ける必要があった。イギリス人兵士たちはその人足として、急遽移されたのである。

 だが、この計画はのっけから思わぬ形で暗礁に乗り上げる。極めて限られた期間内に橋を完成させることを義務づけられた収容所の所長・斉藤大佐(早川雪洲)は将校も一般の兵士と同様に労役につくことを命じたが、派遣されたイギリス人兵士を束ねるニコルソン大佐は、ジュネーブ条約に違反するとしてこれを拒絶した。斉藤大佐はニコルソン大佐ら将校を粗末な独房に閉じ込め翻意を図るが、ニコルソン大佐は自らの意地を貫き続けた。

 そのあいだにも、一般兵を駆り出しての架橋工事が進められたが、監督者のいない兵士たちは要領よく手を抜き、そのうえ組み立てては崩れ、という事故が相次いで、大幅に遅れを生じている。

 ニコルソン大佐への懲罰が始まって1ヶ月、遂に双方が折れるときが来た。斉藤大佐は日本軍にとっての記念すべき日を理由に、イギリス軍将校たちに恩赦を与える、という形で解放し、ニコルソン大佐は自分たちの能力を示すために、架橋工事に全面的な協力を約束した。それまで敷設の行われていた土地が橋の建設に適さないことを指摘、下流に現場を移したうえ、日本軍の兵士も作業に駆り出し、相互の競争意識をあおることで、1ヶ月の遅れを取り戻す提案をしたのだ。斉藤大佐もこれを受け入れ、建設工事は初めて本格的に軌道に乗り始める……

[感想]

 作品自体が第二次世界大戦中の日本軍の姿を描いているだけでなく、アカデミー賞で7冠に輝いただけでなく、日本人俳優・早川雪洲が出演し、アカデミー賞候補に挙げられたという点でも、日本人にとっては強い印象を残す映画である。

 いちおう、『猿の惑星』の原作者でもあるピエール・ブールの実体験に基づく小説を映画にした、ということになっているが、昨今では日本軍による捕虜収容所では、本篇にて語られていたほど人道的な扱いをしていなかったと言われている。また、作中では日本人が土木建築に不慣れであり、満足な架橋工事が出来なかったような描き方をしているが、実際には英軍の手助けがなくともしっかりした橋を架けることは可能だった、という話もある。いずれにせよ、実話がもとになっているとは言い条、相当の脚色が施されていることは疑いなさそうだ。

 だが本篇は、筋書きが事実であるか否か、という点で価値が左右されるような作品ではない。捕虜となったイギリス兵、捕虜を労役に駆り立て橋を造らねばならない日本兵、そして脱走してアメリカ軍に水先案内を請われ収容所へ舞い戻る羽目になったイギリス兵、その3つの立場が絡みあい、構築されるドラマと、訪れる不条理な結末こそ、その最大の着眼であり、評価するべきポイントだ。

 敵味方の立場を超越して絆を築く、というのは昔からある題材だが、本篇のように決してベッタリにに描かず、互いの打算を明確にしつつも協調的な関係を築く、というのは昨今の同様なドラマと比較して珍しい。『アラビアのロレンス』にしても『ドクトル・ジバゴ』にしても、状況設定を緻密に組み立てる代わりに決してキャラクターを突飛なものにしない傾向があるらしいデヴィッド・リーン監督らしく、恬淡とした人物描写は本篇の場合若干の物足りなさを感じさせるのも否めないが、それ故にこうした物語の流れが拘りなく受け入れられるのも事実だ。

 戦場にいる者は、決して好きこのんで銃を手に取っているわけではない。本篇は表立って反戦の意志を唱えるような者はいないが、しかし自由な意志を封印されていることを、間接的に、しかし巧みに描き出している。ニコルソン大佐は命令により投降した者として、可能な限りの自由と権限を求めるとともに、イギリス兵としての誇りが保たれることに腐心する。対する斉藤大佐は、ニコルソン大佐が楯にとるジュネーブ条約を理解しながら、上から強制される竣工予定を果たすべくギリギリまで妥協しない姿勢を固持する。どちらにも、自分自身の意志も含まれているが、それ以上に己が所属する組織のなかでの立場、そしてそれが崩れた場合の影響を考慮して振る舞わざるを得ないことが窺われるのだ。

 脱走したシアーズ(ウィリアム・ホールデン)に限っては、こうした構図がいささかユーモラスに描き出されるが、しかしたとえ滑稽に映っても、クライマックスに至って、それが戦場の出来事であったことを却って強烈に印象づける。過程でのシアーズの言動は脳天気極まりなく、どこか己の立場を見失っているようにも感じられるが、だからこそそれを思い出した最後の行動が壮絶に感じられるのである。

 あのラストのくだり、数分のうちに崩壊する関係性が、誰ひとりとして率先して求めたものではなかった代わりに、その枠の中でベストに立ち回ろうとした結果であることに、気づいた瞬間に慄然とするはずだ。傍目には必然的な成り行きと受け止めやすいが、当事者にとってあれほど理不尽な事態はない。ある人物が見せる茫然自失とした面持ちも、一部始終を見届けた者の“Madness”という呟きも、だから観る者の胸に重く響くのである。

 戦争というものの不条理を的確に描き、誰ひとりそんな御旗を掲げていないにも拘わらず、反戦のメッセージを読み取ることが出来る。個人的には、同じリーン監督の『アラビアのロレンス』、『ドクトル・ジバゴ』と比べて泥臭さがきつくぎこちない演出に、匙加減としては認められてもやはり物足りなさの禁じ得ない人物描写のために、比較問題でいまひとつ評価出来ないのだが、それでも歴史に残る名品であることは疑いない。あの有名な、口笛を主体とするメイン・テーマの快い軽さでさえ、本篇を観たあとで改めて思い出すと、哀切な響きを帯びているように感じられるのだ。

関連作品:

アラビアのロレンス

ドクトル・ジバゴ

猿の惑星

ワイルドバンチ

大脱走

コメント

  1. […] 関連作品: 『プレステージ』/『王立宇宙軍 オネアミスの翼』/『夜叉(1985)』/『コミック雑誌なんかいらない!』/ […]

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