『1917 命をかけた伝令(字幕)』

TOHOシネマズ日本橋、5階廊下部分に掲示された大型タペストリー。
原題:“1917” / 監督:サム・メンデス / 脚本:サム・メンデス、クリスティ・ウィルソン=ケアンズ / 製作:ピッパ・ハリス、カラム・マクドゥガル、サム・メンデス、ブライアン・オリヴァー、ジェイン=アン・タングレン / 製作総指揮:ジェブ・ブロディ、リカルド・マルコ・ブード、オレグ・ペトロフ、イグナシオ・サラザール=シンプソン / 共同製作:マイケル・ラーマン、ジュリー・パスター / 撮影監督:ロジャー・ディーキンス / プロダクション・デザイナー:デニス・ガスナー / 編集:リー・スミス / 衣装:ジャクリーン・デュラン、デイヴィッド・クロスマン / キャスティング:ニナ・ゴールド / 音楽:トーマス・ニューマン / 出演:ディーン=チャールズ・チャップマン、ジョージ・マッケイ、ダニエル・メイズ、コリン・ファース、ピップ・カーター、アンディ・アポロ、ポール・ティント、ジョセフ・デイヴィーズ、ビリー・ポスルスウェイト、マーク・ストロング、リチャード・マッケイブ、ベネディクト・カンバーバッチ、リチャード・デンプシー / ニール・ストリート・ピクチャーズ/アンブリン・パートナーズ製作 / 配給:東宝東和
2019年日本作品 / 上映時間:1時間59分 / 日本語字幕:松浦美奈
2020年2月14日日本公開
公式サイト : http://1917-movie.jp/
TOHOシネマズ上野にて初見(2020/02/22)


[粗筋]
 1917年4月6日、第一次世界大戦、西部の最前線。
 休息を取っていたブレイク上等兵(ディーン=チャールズ・チャップマン)は、誰かひとりを伴ってエリンモア将軍(コリン・ファース)のもとへ赴くよう命じられる。事情が解らないまま、ちょうど一緒に休んでいたスコフィールド上等兵(ジョージ・マッケイ)とともに、塹壕のなかの司令部に向かった。
 現在、交戦中だったドイツ軍はにわかに撤退していた。勝機と捉えた最前線の第二大隊は明朝、総攻撃をかける決断を下すが、将軍の元に届いた衛星写真は、それがドイツ軍の数ヶ月に及ぶ巧妙な罠であったことを示していた。このまま進撃すれば、第二大隊の兵1600名が無為に命を散らしてしまう。そのなかには、ブレイク上等兵の兄であるブレイク中尉(リチャード・マッデン)も含まれていた。
 撤退しているとは言い条、人気のない広大な最前線を通りぬける、危険すぎる任務にスコフィールド上等兵は尻込みをする。だが、兄の命が懸かったブレイク上等兵は躊躇しなかった。友人でもあるブレイク上等兵のために、スコフィールド上等兵も意を決し、塹壕から前線に伸びる鉄条網を抜けていく。
 前線を越え、エクーストという街の南東にあるクロワジルの森に向かって進行する第二大隊まで、慎重を期す限り数時間を要する。短くも極めて危険な旅が始まった――


[感想]
 戦場から戦場へ、最前線を抜けての伝令をワンカットで描く。ざっくりと纏めてしまえば、本篇はその趣向だけで貫いている。
 幾つもの、状況の異なる最前線を再現して見せねばならない都合上、本当のワンカット撮影ではない。注意して鑑賞すれば、だいたいこの辺りでカメラが切り替えられている、というのは察しがつく。しかし、あくまで“注意して鑑賞すれば”であり、虚心に物語を追う限り、切れ目を意識することはほとんどない。
 それによって本篇は、物語から不自然に削られた場面がある、という印象をもたらすことなく、ひと連なりのままで綴るかたちとなっている。故に、さながら登場人物と同じ瞬間を共有しているかのような感覚をもたらす。
 この、ワンカット風撮影が生み出す臨場感、没入感はただ事ではない。ワンカットなので、現実にブレイク、スコフィールドの移動する道程とその困難ぶりがリアルに実感できる。前線を移動するさなか、屍体を踏みつけ進む嫌悪感、罪悪感まで伝わってくるようだ。
 意外に思えるのは、彼らが危険を冒して越えていく最前線が、わりと狭い範囲で展開していることである。劇中でも約2キロ、といった言葉が出てくるが、実際に主人公たちが移動する姿から推測される距離は思うよりも短い。戦争というものがこうした限られた範囲でのせめぎ合いになること、そしてその僅かな距離であっても、通信の性能がいまより遥かに劣るこの当時、主人公たちのように命懸けで伝令を請け負った名もなき兵士が大勢いたことを容易に想像させる。そして、たとえ範囲は狭くとも、そこには集落があり、ひとの営みがある。真に迫った距離感があればこそ、破壊された橋や、無惨に蹂躙された集落の光景の向こうにある、かつて存在した町や暮らしていたひとびとの姿が浮かび上がる。
 この作品が描いているのは、“最前線”と称される場所の生身の姿だ。ワンカットのかたちで表現したからこそ描き得た“最前線”そのものが本篇のもうひとつの主役と言えるだろう。
 物語自体は大変にシンプルだ。伝令を受けた兵士が最前線への過酷な旅に赴く、基本的にそれだけであり、途中で登場する、名の通った俳優たちが演じる上官たちも、あくまで次の段階への指針を示したり、目的のひとつとして現れるに過ぎない。
 だが、その緊縛した旅路のなかで切れ切れに重ねられる会話や些細なやり取りが、しっかりとドラマとしての起伏を作り出している。この危険な旅へとブレイク上等兵を掻き立てる動機付けとして、最前線の作戦行動に携わる彼の兄、という存在を置き、スコフィールド上等兵との会話のなかで兄弟の関係性をちらつかせる。そしてそうした交流はやがて、当初は自らの任務を貧乏クジのように捉えていたスコフィールド上等兵をも動かす。
 そうして、最前線を移動するだけ、という行為が次第にドラマと結びついていく。それが最高潮に達するクライマックス、その映像は予告篇でも用いられるほど映像的にも印象深いひと幕なのだが、あれを観た上で本篇に接すると、その描写が極めて感動的に映ることに驚くだろう。
 ひとつだけ欠点を挙げると、ワンカット故に激しく動き回りながらも、手ブレを起こさない滑らかな映像が、こうした撮影手法に慣れていないひとや、体調を崩しているひとには船酔いに似た感覚をもたらし、気分が悪くなる可能性がある。わざわざカメラマンが最新の機材を導入し作りあげた鮮明で滑らかな映像が、そういう意味では仇となってしまった。
 しかし、作品としての質の高さは疑いを容れない。ワンカットならではの利点を存分に発揮し、まさに“戦場”そのものを疑似体験させる傑作である――だから、鑑賞する際は、なるべく体調を整えで臨んでいただきたい。


関連作品:
ジャーヘッド』/『ロード・トゥ・パーディション』/『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』/『007/スカイフォール
マローボーン家の掟』/『バンク・ジョブ』/『メリー・ポピンズ リターンズ』/『ロビン・フッド(2010)』/『シャザム!』/『ドクター・ストレンジ
アフリカの女王』/『ロング・エンゲージメント』/『レッド・バロン』/『地獄の黙示録 劇場公開版<デジタルリマスター>』/『プラトーン』/『戦場のピアニスト』/『ハート・ロッカー』/『イミテーション・ゲーム エニグマと天才科学者の秘密
85ミニッツ PVC-1 余命85分』/『SHOT/ショット』/『ある優しき殺人者の記録』/『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』/『カメラを止めるな!』/『ROMA/ローマ
捜査官X

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