『アガサ・クリスティー ねじれた家』

角川シネマ有楽町が入っているビックカメラ有楽町店の外壁に掲げられた看板。

原題:“Crooked House” / 原作:アガサ・クリスティ / 監督:ジル・パケ=ブレネール / 脚本:ジュリアン・フェローズ、ティム・ローズ・プライス、ジル・パケ=ブレネール / 製作:ジョセフ・エイブラムス、ジェームズ・スプリング、サリー・ウッド / 製作総指揮:アンドリュー・ボスウェル、アンダース・アーデン、ジェイ・ファイアストーン、フィル・ハント、エミリー・プレシャス、コンプトン・ロス、ジェームズ・スウォーブリック、サニー・ヴォーラ、リサ・ウォロフスキー / 撮影監督:セバスティアン・ウィンテロ / プロダクション・デザイナー:サイモン・ボウルズ / 編集:ピーター・クリステリス / 衣装:コリーン・ケルサル / ヘアメイクデザイナー:ケイト・ホール / キャスティング:レグ・ポースコートエドガートン / 音楽監修:ティム・ホリアー / 音楽:ヒューゴ・デ・チェア / 出演:グレン・クローズ、マックス・アイアンズ、ステファニー・マティーニテレンス・スタンプ、クリスティーナ・ヘンドリックス、ジリアン・アンダーソン、アマンダ・アビントン、オナー・ニーフシー、ジュリアン・サンズ、クリスチャン・マッケイ、プレストン・ナイマン、ジョン・ヘファーマン、ジェニー・ギャロウェイ / 配給:KADOKAWA

2017年イギリス作品 / 上映時間:1時間55分 / 日本語字幕:松浦美奈

2019年4月19日日本公開

公式サイト : https://nejire-movie.jp/

角川シネマ有楽町にて初見(2019/5/2)



[粗筋]

 外務省を退職したあと、儲からない私立探偵を始めたチャールズ・ヘイワード(マックス・アイアンズ)のもとを、かつての恋人ソフィア・デ・ハヴィランド(ステファニー・マティーニ)が訪ねてきた。彼女が持ち込んだ依頼は、祖父を殺した人物を探し出すこと。

 対外的には祖母方の姓を名乗っていたが、ソフィアの祖父はアリスティド・レオニデスと言い、ギリシャからイギリスに移り住み、一代のうちに資産を築いた人物だった。かねてから糖尿病を患っていたアリスティドはインスリン注射が欠かせなかったが、何者かが薬品をすり替え、殺害した可能性があるのだ、という。

 事件を担当する警部タヴァナー(テレンス・スタンプ)は、スコットランド・ヤードで高官であったチャールズの父親と生前に交流があったよしみで、チャールズに2日間だけ優先的に捜査できるよう便宜を図った。あえて自分を頼ったソフィアの真意や、自分を警察に引き入れようとするタヴァナーの思惑に翻弄されていることを感じながら、チャールズはレオニデス家の邸宅へと赴いた。

 豪壮な大邸宅に住むレオニデス家は、みなひと癖もふた癖もある人々ばかりだった。実質的に家を守っているのは、先妻の姉イーディス・デ・ハヴィランド(グレン・クローズ)。アリスティドの長男でソフィアの父フィリップ(ジュリアン・サンズ)は歴史学者を標榜しているが、女優である妻マグダ(ジリアン・アンダーソン)のために脚本を執筆、その映画化のための資金を何とか遺産から捻出しようとしている。次男のロジャー(クリスチャン・マッケイ)は父から事業の一部を引き継いでいるが、経営状況は火の車だった。しかしその妻クレメンシー(アマンダ・アビントン)は一刻も早く一族から独立したがっており、ロジャーは父の遺産を頼れずにいた。大人達がダンサー出身の後妻ブレンダ(クリスティーナ・ヘンドリックス)に疑いの目を向ける一方で、ソフィアの弟ユースタス(プレストン・ナイマン)は第一発見者である姉に怪しみ、次女のジョセフィン(オナー・ニーフシー)はそんな大人達の思惑を盗み聞きして記録を取っている。

 誰もがどこかひねくれているこの家のいずこに、殺人者は潜んでいるのだろうか……?

[感想]

 ミステリ愛好家に、「いちばん好きなアガサ・クリスティーの作品は?」と訊ねれば、たぶん多種多様な返答があるだろうが、「代表作は?」と問うた場合の答は恐らく『そして誰もいなくなった』、『アクロイド殺し』、『オリエント急行殺人事件』あたりで、かなり限られるはずだ。だが、当のアガサ・クリスティーが自著の中で、出来に自信のある作品は? と問われたときに挙げたのは、その想定される作品ではなく、『無実はさいなむ』と本篇のもとになった同題長篇だったという。

 そこまで著者が自信を持っていた作品だけあって、本篇は実にアガサ・クリスティーらしい佇まいだ。豪邸に暮らす一族の中で巻き起こる殺人事件。それぞれに癖がある登場人物の入り組んだ関係性を会話で炙り出していく語り口。犯行手段が毒殺である、というのも、作中で多く毒物を登場させてきたクリスティーらしい。生憎、私は本篇の原作を読んでいないのだが、そうした空気感にはクリスティーへの敬意がはっきりと窺える。

 如何せん、ミステリの世界では古典と呼べる作品に基づいているだけに、序盤はほぼ探偵役による事情聴取めいた会話のみで進行する。各々の人物像が特徴的なので、描写に起伏はあるが、それでも単調な印象は否めない。探偵のチャールズと依頼人であるソフィアとの過去の経緯を挟んだり、と細かな変化も付けているが、本格的に事態が動き始める終盤までは、ひとによって退屈に感じるかも知れない。

 だが、そのぶんまさに王道と言えるミステリの醍醐味が詰まっている。次第に露わになっていく登場人物たちの思惑と、裏腹にいよいよ靄に覆われていく真相。

 要素それぞれは定番と言えるが、本篇はそれぞれに芯を通し、堂々と描ききっている。潔いほどに利己的な登場人物たちの思惑が絡みあい、謎を膨らまし、やがてそこから立ち現れる真相は、きちんとその大きな流れのなかで存在を仄めかしながら、確かな衝撃をもたらす。

 個人的な好みを言えば、本篇は少々、真相を見抜くための手懸かりが乏しいのが物足りない。決して観客に嘘をつくような真似はしていないが、幾つかの事実に着眼して、そこから推理を膨らませて辿り着く、というよりは、一連の描写のなかに、もう少し探れば犯人と判明する手懸かりをそのまんま伏せてある、という具合なのだ。隠してある事実を推理で導き出すプロセスがあればより良かったように思う。

 しかしそれはあくまで私の好みに過ぎない。繰り返すが、決して本篇は観客に対して嘘はついていないし、衝撃的な真実と結末に向けての布石も用意されている。そして、道筋がきっちり設けられているからこそ、遣る瀬ないような結末にも深い情緒が生まれている。

 本篇は1950年代の出来事として描かれている。ちょうどこの頃に誕生したロックンロール、それに根付く若者文化も織り込みつつ、まるでこの当時の映画さながらの重厚でスタイリッシュな佇まいを再現した映像もまた、突き放したようなラストシーンの余韻を深めている。懐古主義的な作りも好みの分かれるところだろうが、それ故に味わい深い秀作だと思う。

関連作品:

サラの鍵』/『ゴスフォード・パーク』/『ツーリスト

情婦』/『オリエント急行殺人事件(1974)』/『華麗なるアリバイ』/『サボタージュ(2014)

いつか眠りにつく前に』/『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』/『ファミリー・ツリー』/『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』/『ドラゴン・タトゥーの女』/『ラッシュ/プライドと友情』/『ジョニー・イングリッシュ 気休めの報酬

8人の女たち』/『デッドベイビーズ』/『レイクサイドマーダーケース』/『ミスティック・リバー』/『シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム』/『SHERLOCK/シャーロック 忌まわしき花嫁』/『本陣殺人事件』/『犬神家の一族(2006)』/『風と共に去りぬ

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