池田弥三郎『性の民俗誌』

池田弥三郎『性の民俗誌』(Amazon.co.jp商品ページにリンク) 『性の民俗誌』
池田弥三郎
判型:文庫判
レーベル:講談社学術文庫
版元:講談社
発行:2003年8月10日
isbn:9784061596115
本体価格:960円
商品ページ(すべて電子書籍):[amazon楽天BOOK☆WALKER]
2026年4月24日読了

 人々は生活の中でどのように“性”を語り、接してきたのか。折口信夫に師事した国文学者・民俗学者である著者が、フィールドワークや文学知識をもとに、初夜や夜這い、浮気、更には巫女、遊女といった“性”に対する日本人の意識の根源と変遷を読み解いていく。
 私が読んだのは2003年に改題のうえ講談社学術文庫として復刊されたものだが、もともとは1958年に『はだか風土記』のタイトルで刊行されたものだ。1974年にも『おとこ・おんなの民俗誌』の題名で復刊、その際に執筆されたあとがきも含まれており、書名の変遷の理由も明かしている。
 大元が、これを書いている2026年から68年も前、終戦から僅か13年である。本文中に採り上げられる文化が既にかなり古く、GHQの存在がさほど過去のものではなかったり、NHKののど自慢で鐘を鳴らし始めたのもさほど古い話として綴られていないうえ、“旧聞に属する”と表現してはいるが、昭和32年(1957)の谷中天王寺五重塔焼失事件が“情死”の項で一例として採り上げられていて、本書そのものが歴史資料の趣を呈している。
 大きな変革をもたらした著述というものでもない限り、古い学術書を読むには、現代との隔たりを意識することが必要になるが、私個人の理解としては、民俗学についてはそうとも言い切れない。もちろん、著者の価値観が現代とは異なっていることを前提として押さえておく必要はあるだろうが、著者がその当時に採集した文化や体験が、文章として残されていることそのものに価値がある。しかも著者はフィールドワークの観点からだけでなく、戦争末期にも兵士として沖縄に滞在していたようで、往年の沖縄の民俗を体験として、証言として得た著者の記録はいま読んでも貴重だ。
 それに、本書における性を巡る民俗の解釈は、ちょこっと関心を持っている程度の門外漢には充分に興味深い。“初夜”がどのようなものと捉えられていたのか、何故月経が“穢れ”と認識されるようになったのか、“よばい”という習俗がどのように生まれ続いていたのか、等々、現代では却って言及することがタブー視されるようになった事象や、少し古いフィクションには登場するが、現代ではもはや廃れてしまった民俗についても記録と考証を残していて、読み応えがある。
 近年では様々な配慮から触れにくくなった“性”というものが、各地の生活の中でどのように受け取られていたのか、それがどのように変化し、時代時代の文化の中でどのように消化され表現されたのか、を読み解いていく本書は、年月を経ても意義のある著作だと思う。少なくとも、2026年時点で読んでも充分に興味深い。

 2003年に復刻された本書だが、調べる限り、恐らく2026年時点では現役では市場に出回っていない。
 ただ、1974年刊行の講談社文庫版『おとこ・おんなの民俗誌』としては、電子書籍でリリースされており、こちらのヴァージョンが購入可能となっている。そのため、本項の商品リンクはすべて、この講談社文庫版で実施した。
 きちんと確認したわけではないが、講談社学術文庫の本文の内容、そして著者が1982年に逝去していることを考えると、基本的に同じ内容と推測できる。興味を抱いた方は、こちらの電子書籍を参照していただきたい。


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