『早春(1956)』

神保町シアター、ロビーに展示された、『早春』ほか「映画の夏時間」特集上映作品の紹介。
神保町シアター、ロビーに展示された、『早春』ほか「映画の夏時間」特集上映作品の紹介。

監督:小津安二郎 / 脚本:小津安二郎、野田高梧 / 製作:山内静夫 / 撮影監督:厚田雄春 / 照明:加藤雅雄 / 美術:浜田辰雄 / 編集:浜村義康 / 衣装:長島勇治 / 装置:山本金太郎 / 装飾:森山節太郎 / 音楽:齋藤高順 / 出演:池部良、淡島千景、岸惠子、高橋貞二、笠智衆、山村聡、田浦正巳、杉村春子、浦邊粂子、三宅邦子、東野英治郎、三井弘次、加東大介、須賀不二夫、田中春男、中北千枝子、山本和子、諸角啓二郎、中村伸郎、宮口精二、長岡輝子、増田順二、菅原通済 / 配給&映像ソフト発売元:松竹
1956年日本作品 / 上映時間:2時間24分
1956年1月29日日本公開
2018年7月4日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon]
神保町シアターにて初見(2020/07/11) ※企画上映“映画の夏時間”の1本として。


[粗筋]
 杉山正二(池部良)と昌子(淡島千景)の夫婦は東京蒲田の小さな借家で暮らしている。正二は毎朝、満員電車に乗って東京駅に向かい、丸ビル内にあるオフィスに勤め、昌子はひとりでおでん屋を営む母のしげ(浦邊粂子)の様子を見に行ったりしながら、基本的に家を守っている。
 正二は通勤の際に同道する面々としばしば遊びに出かけていた。全員で江ノ島でハイキングする、という話になると、既婚者は配偶者を連れてきてもいい、ということになり、正二は昌子を誘った。しかし昌子は気乗りしないらしく、けっきょく正二はひとりで参加することになった。
 正二の仲間には金子千代(岸惠子)という女性がいる。大きな目が印象的な美人だが“煮ても焼いても食えない”性格だから、という理由で、仲間内からは《金魚》と呼ばれていた。男性ばかりの集まりにも顔を出す奔放な人柄だが、茅ヶ崎でのハイキングをきっかけに、正二に好意を示すようになる。胸の病で伏せっていた友人を見舞いに行くはずだった夜、《金魚》に誘われた正二は二人きりで食事に出かけ、そのまま連れ込み宿で一夜を共にするのだった。
 昌子は次第に帰りの遅い日が増えていく正二に疑惑を覚え始めた。正二の仲間たちも、親しげな素振りを示すふたりに不審を覚え、《金魚》を諭すが、彼女は聞く耳を持たない。
 ある日、正二に思わぬ話が持ちかけられる。岡山県三石にある工場への転勤を打診されたのだ――


[感想]
 まだまだ観ていない小津作品はたくさんあるので、賢しらに決めつけてしまいたくないのだけど、それでも私の鑑賞してきたなかでは、『東京暮色』に次いで異色の作りだと思う。
 小津安二郎監督と言えば家族、それも子供が成長している親の世代が中心になることが多いが、本篇はまだ子供がいるかいないか、という世代の物語として描かれている。主人公となる夫妻はかつて子宝に恵まれたものの、早くに病で亡くなっている。その事実がふたりの関係に微かな影を落としているが、仲間内でハイキングに出かけたり、第二次世界大戦で生き残った戦友達と飲み会をしたり、と他の小津作品に比べて日常がのびのびとして騒々しい。
 他の作品では子供の世代の結婚が問題として取り沙汰されることが多いのに対し、本篇の焦点となるのは夫・正二の不倫だ。『東京暮色』でも、最後の作品となった『秋刀魚の味』でも、関係の変化、揺らぎといったものを題材に採り上げはしているが、不倫相手と惹かれ合い行動に及んでしまう過程も描いている辺りが小津作品としては特異だ。
 ただし、構図や間の取り方、全篇の独特の呼吸は小津監督らしさで彩られている。正二の職場における行動を捉えるときはほぼ同一のアングルを用い、会話の場面では台詞を口にする当人を正面から捉える、極めてシンプルだが計算された作りに統一され、安定感は著しい。
 また、設定や粗筋までの展開だけ読むと波乱が激しそうだが、語り口もやはり穏やかだ。当時の流行歌なども織り込み、価値観の変わりゆく若者たちの活気を表現しながらも、決して状況を荒立てようとしない。
 昌子に不義を悟られ、そのことを正二が知ったあと、現代の作品ならもっと激しい修羅場が展開しそうなものだが、本篇はそうはならない。詰っても語気を乱すことなく、その場で安易に結論を出すこともしない。しかし、その物言いや振る舞いに、両者が秘めた感情や暗黙のやり取りが滲み出る。その豊かな“行間”が、派手な展開のない本篇に深い奥行きを持たせている。
 製作後、半世紀以上経過したいま観ると、本篇での関係者の振る舞いはあまりに穏便すぎるように思える――が、それは一方で、フィクションに慣れ親しみすぎた見方なのかも知れない。実際には、浮気に罪の意識を抱いても、正二のようになあなあでやり過ごそうとしてしまうものだし、反発するにしても昌子のようにいちど家を飛び出すぐらいで済ましてしまうものだろう。本篇が優秀なのは、その“妥協”に至るまでの心情を丹念に描きだし、説得力をもたらしていることだ。
 題材が平素と違っていても、充分すぎるほど小津安二郎監督の魅力が詰めこまれている。


関連作品:
晩春(1949)』/『麦秋』/『東京暮色』/『東京物語』/『秋刀魚の味
駅 STATION』/『日本橋』/『黒い十人の女』/『日本のいちばん長い日<4Kデジタルリマスター版>(1967)』/『三本指の男』/『生きる』/『細雪(1983)』/『七人の侍』/『赤ひげ』/『浮雲(1955)』/『近松物語 4Kデジタル復元版』/『男はつらいよ
散歩する霊柩車』/『捨てがたき人々

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