『最高の人生の見つけ方(2019)』

TOHOシネマズ新宿、スクリーン6入口に掲示されたチラシ。

原題:“Bucket List” / ジャスティン・ザッカム脚本『最高の人生の見つけ方』に基づく / 監督:犬童一心 / 脚本:小岩井宏悦、浅野妙子犬童一心 / エグゼクティヴ・プロデューサー:小岩井宏悦 / プロデューサー:和田倉和利 / 撮影:清久素延 / 照明:疋田ヨシタケ / 美術:磯田典宏 / 編集:上野聡一 / 衣装:宮本茉莉 / 録音:志満順一 / 音楽:上野耕路 / 主題歌:竹内まりや『旅のつづき』 / 出演:吉永小百合天海祐希ムロツヨシ満島ひかり鈴木梨央前川清賀来賢人、駒木根隆介、大友律、小林勝也、鳥越壮真、ももいろクローバーZ、クリス・ペプラー / 製作プロダクション:プロダクション・キノ、シネバザール / 配給:Warner Bros.

2019年日本作品 / 上映時間:1時間55分

2019年10月11日日本公開

2020年2月19日映像ソフト発売 [DVD通常版:amazon|DVD通常版amazon限定特典付き:amazon|DVDプレミアム・エディション:amazon|DVDプレミアム・エディションamazon限定特典付き:amazonBlu-rayプレミアム・エディション:amazonBlu-rayプレミアム・エディションamazon限定特典付き:amazon]

公式サイト : http://saikonojinsei.com/

TOHOシネマズ新宿にて初見(2019/10/17)



[粗筋]

 結婚以来、主婦として家庭を懸命に支えてきた北原幸枝(吉永小百合)は、自分の命の期限が迫っていることを教えられた。転移が進み、あと何ヶ月保つか解らない、という。

 気懸かりは残していく家族のことだった。夫の孝道(前川清)は一切家事を手伝わず、長男の一慶(駒木根隆介)はこの数年引きこもりになっている。自分なしで生活していけるか解らないふたりに病を打ち明けることが出来ず、既に家を出ている美春(満島ひかり)にだけ病状を知らせ後を託そうとしたが、背負いきれない、と拒絶されてしまう。

 そのとき検査入院をしていた幸枝は、ひょんなことから剛田マ子(天海祐希)と同室になった。マ子はゼロから一大ホテルチェーンを成長させた実業家だが、やはり末期のがんを患い余命を宣告されている。生き方も立場もまるで異なるふたりだったが、気づけば意気投合していた。

 あるときふたりは、入院している少女・真梨恵(鈴木梨央)の巾着を拾う。目の前で昏倒し運ばれていった真梨恵に荷物を返そうと病室に赴いた幸枝は、ベッドから名札が抜かれるのを目にした。そして、真梨恵の弟から「お姉ちゃんは死んだ」と告げられる。

 返す宛をなくした巾着の中身を改めた幸枝とマ子は、お薬手帳を使って書き上げた“死ぬまでにやりたいことリスト”を発見する。そこにはいかにも子供らしく、荒唐無稽な夢も純真な願いもたくさん書き連ねられていた。検査入院を終え帰宅した幸枝は、事実を知らず前と同じように振る舞う夫と長男の姿に自問自答し、ある決意を固めた。

 一方、マ子は自分が会社を空けている短い間に、社長交代の動議が行われていたことを知る。辛うじて会議の途中で断念させたものの、虚無感に襲われていたマ子に、幸枝が電話をかけてきて、こう告げた。

「わたし、あのリストをやってみようと思います」

 僅かに思案したあとで、マ子は「わたしも乗った」と応えた。

 そしてふたりは、かつての彼女たちなら想像もしなかった冒険に赴くのだった――

[感想]

 そもそもが優れた着想だったと思う。死に際した人物が何らかの覚悟をもって新たな挑戦を試みる、というだけならフィクション、ノンフィクション問わず数多存在しているが、この瀬戸際に喜びを満喫して人生の価値を再発見する、という趣向はあまりなかった。一方を大富豪にすることで、その片割れがそれまでの人生ではあり得なかった贅沢な経験をさせ、かたや金を持つ成功者の目線では理解できない“いのちの価値”を認識する、という趣向も効いている。こうしたドラマを、死の間際にあるがゆえの悲愴感に邪魔されることなく、ユーモアや爽快感で彩って描ける、というのも出色だった。

 オリジナルは2007年に製作されたアメリカ映画、主人公はいずれも実社会では引退していておかしくない年代の男性だったが、舞台を日本にしただけでも趣はがらりと変わる。まして主役が女性ともなれば、日本ならではのジェンダー意識をも盛り込み、まったく違った見せ場を作り出すことが出来る。異国の作品をリメイクする、というのはいつの時代にも行われていることだが、本篇はそもそもの目の付けどころが良かった。

 そして何より、主役のひとりに日本の伝説的女優・吉永小百合を起用した発想が素晴らしい。未だに実年齢を感じさせない容姿だが、それでも演じる人物像の年齢は上がっている。それゆえに、冒険に出るような描写はもちろん、クライマックスで採り上げられたような場面も演じる機会はなかったはずだ。ああいう、往年からのファンに対するサーヴィスとも取れるヴィジュアルを提供できる、というのも本篇の設定ならばこそで、実に的を射た配役だと言える。対する大富豪役に天海祐希、という配役も、パワフルで有能な女性、かつ吉永の風格に対抗しうる存在感があって申し分ない。

 加えて本篇は、中心人物を女性にしたことを最大限に活かし、主人公ふたりのどちらにもその時代、この立ち位置の女性なら理解しやすいテーマを組み込み、オリジナル版よりもむしろドラマ性では膨らみも奥行きも増している。少なくとも日本人なら、吉永小百合が演じる幸枝の、平凡な主婦として生きてきたからこその悩みは共感しやすいし、天海祐希演じるマ子の女性経営者ならではの葛藤も理解しやすいはずだ。

 優れた設定に理想的な俳優、そして適度なテーマ性と、素晴らしい素材が揃っているので、あとは料理人の腕が優秀なら面白くなるのは当然だ。文芸作品から歴史を題材としたエンタテインメントまで多彩な作品を手懸けてきた犬童一心監督は安定した、伸びやかな手捌きで軽快に描いている。きちんと死に直面した人物の葛藤を織り込みつつも、そこかしこで遭遇するトラブルや臨んだ冒険をテンポよく、ユーモアも豊かに魅せている。犬童監督はどの作品においても清潔感のあるヴィジュアルが持ち味となっているが、絵になる女優ふたりに加え、設定が許す世界規模の撮影を敢行して、近年の萌芽ではなかなか観られない絵を幾つも観客に差し出してくる。ストーリーの爽快感とも相俟って、観ていてこんな幸せな気分になれる作品もそうそうない。

 個人的に本篇において特に高く評価したいのは、“死ぬまでにやりたいことリスト”の扱いだ。オリジナルでは主人公が自ら、叶わぬ夢と知りながらも用意したものだが、本篇では他人が書いたものに便乗している。オリジナルにはない、このリストを巡るドラマがまた気が利いている。当初は第三者が叶えられなかった夢を代わりに実現する、というかたちで人生に最後の意義を見出そうとしていたが、実現させていくほどにリストは彼女たち自身の夢になっていく。そして最後には、他の何ものでもない、彼女たちの物語になるのだ。

 オリジナル版のラストも味わい深かったが、これも本篇は更にドラマティックで爽快なものになっている。オリジナル版は最後まで主人公たち自身のドラマだったが、本篇は段階的に彼女たちのものに変わり、そしてラストシーンでは明確に、より大勢のひとびとに影響を及ぼし、たくさんの想いを背負って羽ばたいていく。これほど昂揚感と多幸感に溢れたラストシーンもちょっと珍しい。

 現実に、こんなドラマは誰しもに訪れるわけではない。けれど、だからこそ、リアリティを堅持しつつも美しい絵空事へと昇華した本篇が、清澄な爽快感のある作品に仕上がったのだろう。

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