絞首台の謎

絞首台の謎 『絞首台の謎』

ディクスン・カー/井上一夫[訳]

John Dickson Carr“The Lost Gallows”/translated by Kazuo Inoue

判型:文庫判

レーベル:創元推理文庫

版元:東京創元社
発行:1976年11月5日(2004年10月1日付8版)

isbn:4488118151

本体価格:640円

商品ページ:[bk1amazon]

 観劇のためにロンドンを訪れていたパリの予審判事アンリ・バンコランとその友人である私=ジェフ・マール。煤煙混じりの霧のなか帰途に就こうとした私たちは、死者を運転席に乗せたリムージンに遭遇する。街を暴走した挙句、ようやく停車したリムージンに他の人間の姿はない。私たちの滞在するホテルとその周辺に、17世紀の絞首刑吏ジャック・ケッチの名刺を携えた謎の人物が暗躍し、模型や影の形を借りて姿を見せる絞首台。行方を眩ましたエジプト人逗留客のエル・ムルク氏は“ルイネーション街”なる地図にない街で絞首台に吊される、という奇怪な予告……乱舞する不気味なギミックの狭間にバンコランが見出す真相とは?

夜歩く』に続くカーの第二長篇であり、初期にしか活躍しなかったアンリ・バンコランが探偵役を務めている。ストーリーの熱気と随所に鏤められた極端な怪奇要素は二作目にして作風が定着していたことを示す一方、作品の質には首を傾げる。

 幾つかの大仕掛けが用いられているが、果たして想像が出来ないほど厄介な内容だろうか、と思う。視点人物であるジェフ・マールの視野から微妙に外れているために、読者のほうでも巧みに目を逸らされてしまっている点もあるが、さすがにこの仕掛けは登場人物が自ずから気づいて然るべきではないか。だからこそ余計にバンコランが終盤で吐く「明々白々だった」という台詞が生々しく響いてくるのだが。

 ほかの作品であれば活きてくるはずのカーらしい要素が全体に空転している印象がある。奇怪な出来事が多く鏤められているが、どれもがちりぢりばらばらに現れているように見えて、互いに恐怖や緊張感を高める効果を齎さず、ただ騒々しさばかりが際立っている。カーといえば何らかの形でロマンスの要素を物語に絡めるのがお家芸のように思われるのだが、本編では中途半端に浮き出した感があるのが特に残念だった。

 しかし、あまりに明々白々な事実を大袈裟な出来事の隙間に埋もれさせ、それを引っ張り出しての論理で明確に犯人を指摘するさまは結構な爽快感がある。そして、あとに控えた“爽快な惨さ”とも喩えたくなるラストシーンは、後年の名作と比べてもさほど見劣りしないくらいに印象的だ。――それだけにもっと中盤がうまく噛み合っていれば、という怨みはあるが。

 バランスが悪く、とても一線級とは呼びがたいが、それでもカーらしさは随所に光る作品。大きな期待を抱かずに読めば充分楽しめると思います。

 ちなみに本書、買ったことを忘れて重複させてしまい、余ったぶんを某氏に差しあげたのですが、直後に某氏が実はカー作品を読んだことがなかったということを知りました。どうやら既に読まれたようですが……本当に御免。私は嫌いじゃないけど、初体験の作品としては拙い選択でした。これに懲りず別の作品も読んでください。ね。ね。ね。

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