福家警部補の挨拶

福家警部補の挨拶 『福家警部補の挨拶』

大倉崇裕

判型:四六判仮フランス装

レーベル:創元クライム・クラブ

版元:東京創元社

発行:2006年6月30日

isbn:4488012140

本体価格:1500円

商品ページ:[bk1amazon]

 小柄で童顔、眉あたりで切り揃えた前髪に縁無しの眼鏡。就職活動中の女子大生にも見間違えられ、事件現場に入る際に必ず一度は警邏に止められる福家警部補は、だが捜査となれば瞬く間に犯人の目星をつけ、決定的な材料を見つけるまでは徹夜も苦にしない凄腕である。そんな彼女の活躍を、犯行の模様から語る倒叙ミステリの手法で綴った、『刑事コロンボ』『古畑任三郎』の後継者的位置づけの連作集。私設図書館の保護のために、理解を示さない二世を殺害した女性館長の犯行を描く『最後の一冊』、復顔術の権威であり福家警部補とも面識のある“教授”の犯罪『オッカムの剃刀』、同じ役の対抗馬であった同業者を殺害した女優の物語『愛情のシナリオ』、品質にこだわる酒造元が、急襲しようとする大手の社長を手にかける『月の雫』の4編を収録。

 ミステリ愛好家ならご存知の方も多いだろうが、著者は極めて熱心なミステリ・ドラマの愛好家であり、とりわけ『刑事コロンボ』に注ぐ熱意は並大抵ではない。愛着のあまり二見文庫から刊行されているノヴェライズにも参加し、商業を離れ同人媒体でも評論や創作を行っているほどだ。

 本書にはそんな著者の『刑事コロンボ』に対する愛着が余すところなく注がれている。主人公こそ、中年から老齢に至ったオリジナルと一線を画して妙齢(というにはちょっと薹が立っているか)の女性を配しているが、その言動や肉付けには確実に影響が認められるし、視点人物となる犯人側のヴァラエティに富んだ設定や、犯行に対する配慮の仕方、個性の立て方などは日本を舞台にした『コロンボ』のように感じられるほどオリジナルを彷彿とさせる。知っている人であれば思わず頭のなかに映像を思い描いてしまうこと必至だろう――その場合、どうしてもオリジナルではなく、三谷幸喜脚本による『古畑任三郎』を意識してしまう人も多いだろうが、まあその辺はご愛敬というところか。

 しかし本家と違うのは、仕掛けに対する繊細さと、基本的に短篇サイズであるが故の切れ味だ。『コロンボ』やそれに類するミステリ・ドラマは通常2時間程度の尺で製作されているが、内容によってはこの尺を活かしきれず、中盤で退屈を感じさせることもままある。また映像的な解りやすさを優先するあまりに仕掛けが単純すぎたり、逆に込み入って理解しづらかったり、トリックが非現実的な雰囲気を帯びてしまうこともあったが、このシリーズ、少なくとも本編に収録された作品群にそうした欠陥はない。展開が良く練り込まれ、程良い紙幅のなかで物語は緊密に展開する。それでいて結末は鮮やかで、余韻も綺麗に纏まっている。この方法論の良さを熟知した上で、きっちり活かしているのだ。

 トリックや犯人の細かなミスについて、ちょっと疑問や違和感を覚える場面もある。特に第1話『最後の一冊』のクライマックスについては、果たして説明通りの結果が生じるのか疑問を残している点で不満が残る。だが、丹念な積み上げと、一読したときの驚嘆や事件が決着したときの爽快感に絞り込んだ、潔く力強い作りそのものが賞賛に値する。

 解説にて小山正氏が指摘しているように、福家警部補のプライヴェートが不透明であるため、コロンボに対するような愛着を読者が抱きにくい、という欠点もあるが、既に「やたらと徹夜に強い」「酒にも強い」「最初は絶対に事件現場で警邏に止められる」などの個性を強調しているので、あとから膨らませていく余地は充分にあり、既に発表が決まっているらしい続編で補強されることが期待できる。ミステリとしての完成度については言うまでもなく、今後が楽しみなシリーズが登場したことを素直に喜びたい。

 願わくば、『古畑任三郎』に次ぐ新たな日本流『コロンボ』フォロワーとして認知されることを。そのためにはまず、映像化されてもふたシーズンぐらいは支えられるだけのエピソードが発表されることを切望したい。

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