『グランド・ブダペスト・ホテル』

TOHOシネマズ日本橋が入っているコレド室町地下ロビーの柱に掲示されたポスター。

原題:“The Grand Budapest Hotel” / 監督&脚本:ウェス・アンダーソン / 原案:ウェス・アンダーソン、ヒューゴ・ギネス / 製作:ウェス・アンダーソンスコット・ルーディンスティーヴン・レイルズ、ジェレミー・ドーソン / 製作総指揮:モーリー・クーパー / 撮影監督:ロバート・イェーマン,A.S.C. / プロダクション・デザイナー:アダム・スコットハウゼン / 編集:バーニー・ビリング / 衣装:ミレーナ・カノネロ / 音楽:アレクサンドル・デスプラ / 音楽スーパーヴァイザー:ランドール・ポスター / 出演:レイフ・ファインズ、F・マーレイ・エイブラハム、エドワード・ノートンマチュー・アマルリックシアーシャ・ローナンエイドリアン・ブロディウィレム・デフォー、レア・セドゥ、ジェフ・ゴールドブラムジェイソン・シュワルツマンジュード・ロウティルダ・スウィントンハーヴェイ・カイテルトム・ウィルキンソンビル・マーレイオーウェン・ウィルソントニー・レヴォロリ / 配給:20世紀フォックス

2013年イギリス、ドイツ合作 / 上映時間:1時間40分 / 日本語字幕:岸田恵子

2014年6月6日日本公開

公式サイト : http://www.foxmovies.jp/gbh/

TOHOシネマズ日本橋にて初見(2014/06/09)



[粗筋]

 いまは地図から消えてしまった旧ズブロフカ共和国、その風光明媚な山のうえに、グランド・ブダペスト・ホテルがあった。もはや語るひとも少ないズブロフカの詳細を知る数少ないよすがである、ズブロフカの国民的大作家(トム・ウィルキンソン)の手による著作『グランド・ブダペスト・ホテル』の舞台ともなった場所である。

 若き日の作家(トム・ウィルキンソン)がかの地を訪れたのは1968年のことだった。既に栄華は遠い昔、すっかり寂れて、孤独なひとびとばかりが集う場所となったそのホテルのオーナー、ゼロ・ムスタファ(F・マーレイ・エイブラハム)は、生活に不自由しない身分でありながら、いちばん狭い使用人部屋に滞在し続けている。創作者としての興味を強く惹かれた作家は、ゼロ・ムスタファ氏からその経緯を聞くこととなった。

 更に時を遡り、1932年のグランド・ブダペスト・ホテルは、国家としての繁栄は終わりに近かったが、有能なコンシェルジュであるムッシュ・グスタヴ・H(レイフ・ファインズ)の手腕によって活況を呈していた。目端が利くのと同時に発展家でもあるグスタヴ氏は、ホテルを訪れる孤独な老婦人たちを心身共に癒しており、彼目当ての客もあとを絶たない。

 そんなグスタヴ氏の上顧客である、マダムD(ティルダ・スウィントン)が、ホテルから自宅に戻ったのちに急逝した、という報が届いた。ホテルに就職して間もない新米ベルボーイだったゼロ(トニー・レヴォロリ)をお伴に、マダムDを弔うために、グスタヴ氏はズブロフカ共和国の首都ルッツにある大邸宅へと赴く。

 折しもそこでは、マダムDの莫大な遺産の相続について、奇しくもホテルのオーナーの代理人も務める弁護士のコヴァックス(ジェフ・ゴールドブラム)が発表を行うところだった。遺産の大半を子息のドミトリー(エイドリアン・ブロディ)が継ぐのは既定路線として省略されたが、特に告げられたのは、一家が所蔵する名画『少年と林檎』についてだった――長年の友誼に感謝し、グスタヴ・Hに譲る、とされていたのだ。

 妨害に遭う前に、とグスタヴ氏は問題の絵をこっそりと運び出しホテルに帰還するが、しかし本当のトラブルはここからだった。実はマダムDの死因は毒殺であり、その容疑者として突如、グスタヴ氏の名前が挙がったのだ――

[感想]

 ウェス・アンダーソン監督は、2本ぐらい鑑賞すると、その作風がだいだい掴める、と言っていい。カラフルで特徴的な美術に、名優達の贅沢な起用。非現実的な空間、世界のなかで繰り広げられる物語には、しかし現実世界に生きるひとびとと同じ種類の悲哀も滲ませている。そして主題は、煎じ詰めれば“家族”や“共同体”に凝縮する。

 本篇もその例に漏れない――が、作風を確立することで多くのファンを得たことを強みとして、その規模がだいぶ大きくなっている。題名通り、その焦点は“グランド・ブダペスト・ホテル”という共同体に絞られているが、しかし本篇で描き出そうとしているのは、戦争の影響により地図から姿を消した“ズブロフカ共和国”という国の雰囲気であった、とも捉えられる。

 いまは滅びた国の首都の墓地に埋葬された、国民的作家の不思議な墓碑。そこで彼の著書をめくり始めると、物語はその作家が語り部となり、作家の若き日に聞かされた物語、ひいてはその物語を作家に語った人物の目線で、実質三重の入れ子によって綴られる。1968年時点で郷愁の対象であったホテル、そしてズブロフカ共和国の在りし頃、1932年当時の活気に溢れた様子は、ごく自然に国や、そこに生きてきたひとびとの姿を想像させる。前作『ムーンライズ・キングダム』では島ひとつ、そして限られた時期の姿を切り取るのが精一杯だったが、本篇はその風変わりに語り口により、時代を超えた国の気配を感じさせる試みを施しているようだ。

 一方で、そこに登場するひとびとや物事の数々は、相変わらずの風変わりで、しかし愛らしいウェス・アンダーソン独特のスタイルに彩られている。書き割りじみた(というよりCGを用いた実質的な書き割りの)山に佇むホテル。そこに登っていくケーブルカーの意匠もそうだし、空想じみて巨大なマダムDの邸宅の様子もユニークだ。そんななかを闊歩する登場人物が実に個性豊かだ。有能だが遊び人じみたところがあり、清濁併せ呑むような振る舞いに粋を感じさせるグスタヴ氏に、そんな彼を尊敬し一途に仕えるゼロというふたりの主人公はもちろん、ちらっと出るだけのホテル関係者や客人、マダムDの遺族やあとあとグスタヴ氏が世話になる多くのひとびとも、出番の長さ、短さに拘わらず、みんなそれぞれに印象を残していく。端役でもそれなりに名の通った俳優がちらちらと顔を見せているから、というのもあるだろうが、場面を際立たせるため、ひとりひとりに想いを籠めているのが窺えるその作りが、監督の作品にかける愛情として伝わってくるからこそ快く、愛らしい雰囲気を醸しているのだろう。

 殺人事件の謎、のようなイメージで粗筋では綴ってみたが、しかしそこにはあまり謎はない。ただ、それ故にユーモラスなのに随所で緊迫した展開に陥り、思いがけず壮大な冒険が繰り広げられる。どれほど行動範囲が広がろうと、ウェス・アンダーソン監督独特の造形は徹底されているので、ハラハラさせられつつも楽しくて仕方ない。世界観が個性的だから、ありがちな事件のように思えても存外先読みが出来ず、最後まで惹きつけられる。前作まででも、事件や様々なトラブルが牽引していくスタイルを取っていたが、本篇のように基本が1本の筋で出来ていると、観ている側にも伝わりやすいし、周辺の風変わりでキュートなモチーフも記憶に残りやすい。細部に趣向を凝らしながら、1本の太い芯としてサスペンスを通したことが、本篇をして“最高傑作”と呼ばせているのだろう。

 そして、ドタバタの末に仄めかされる顛末が醸しだす、人生の悲哀がまた深い余韻を残す。1968年、ホテルは廃れ国も消えようとするなかで語られる過去の冒険は魅力的であると共に、そこにいない登場人物たちの面影を語らずとも偲ばせる。その上に描かれる孤独の何と切なく、優しいことか――あくまで観察者として物語を綴る作家でさえ、最初にその墓碑が示され、そして彼らの祖国でさえ既にない。過去も現在も、ヴィジュアルは華やかだが、それ故に本篇が滲ませる郷愁の念はより印象深いものになっているのだ。

 絵画的、といえば聞こえはいいが、あまりに作り物っぽさを強調したヴィジュアルや、妙に個性の際立った人物像にはやはりクセが強く、どうしても受け付けないひともいるだろう。ただ、嵌まったが最後、忘れがたい印象を残す。ウェス・アンダーソン監督の作品はみな同様の意志に貫かれているが、特に洗練された本篇は、やはり現時点での“最高傑作”と呼ぶに相応しいようだ。

関連作品:

ザ・ロイヤル・テネンバウムス』/『ライフ・アクアティック』/『ダージリン急行』/『ムーンライズ・キングダム

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THE有頂天ホテル』/『ディクテーター 身元不明でニューヨーク』/『灼熱の魂

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