『ばけばけ』感想&うんちく日誌、その36。(放送第121回~第125回)

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 八雲さん最期の数日、そして『思ひ出の記』誕生へ。
 先に言っておきます。今日の感想は、長いぞ。

 ……正直、今週は月曜日から言及したくてたまりませんでした。実際、この行は月曜日に書いてます。だって、ヘブンさんがトキさんに口にした言葉は、『思ひ出の記』に記された、小泉八雲の言葉ほぼそのままなのです。だから、こちらとしては、月曜日からもうたまらなかった。解っているとはいえ、終わりがしっかりと突きつけられたのですから。
 実際の八雲は普通に床の上で、静かにこの世を去ったそうです。でも、ドラマのような人生の最期は、理想だったかも知れません。お気に入りだった西向きの部屋で、大好きだった虫の音を聴きながら、最愛の人の温もりを感じて眠る。

 前週120回で『怪談』の原稿を受け取ったイライザが一読「なんて安易な」と嘆く場面がありましたが、ただこれは、八雲にとっては狙いでもあった。
 セツの「私でも読めるものを書いて欲しい」という言葉にも刺激を受けた八雲は、文章的な装飾を削り、簡便な表現を目指した。そのために、『怪談』の文章はそれまでになくシンプルになったそうです。そして、これが出版当時、批判を受けた、というのも事実だったらしい。
 八雲はかなり繊細で神経質な性格だったそうですから、傷ついたかも知れません。しかし、作品としては売れ、評価を高めると共に、海外に日本文化を広め、理解の手懸かりとして後世大いに貢献することになる。
 第二次世界大戦の終戦後、GHQは天皇を戦犯として裁くか、という判断をするうえで、日本文化の理解に努めたといい、その中でも八雲の著した文章が大きな役割を果たしたそうです。特に戦時中から対日戦略で貢献したボナー・フェラーズが八雲の著書を参考としたばかりでなく、小泉家とも友誼を深め、八雲の長男・一雄は孫を“凡”と名付けた。
 幼くして学ぶことを諦め、家族を支え続けた“学がない”女性だったセツは、けれどその勤勉さと豊かな感受性で八雲の執筆を助け、『怪談』をはじめとする諸作に大きく貢献し、その後の日本にも確かな影響を及ぼした。八雲の作家としての名前に傷をつけるどころか、むしろ後世に残る作品にしたのがトキだった――いやここは現実の話してたんですけど、でもきっと作中でも、その捉え方に違いはないはず。

『マッサン』の亀山エリー役以来の朝ドラ出演となったシャーロット・ケイト・フォックスが演じたイライザのモデルとなったのはエリザベス・ビスランドという人物です。
 実際にハーンの同僚であり、生涯に亘り友情を結んだ――当初はハーンが想いを寄せていた、というのもどうやら事実らしいのですが、実はかなりの傑物でした。ハーンの来日後、ジュール・ヴェルヌ『八十日間世界一周』に挑んだ企画で別の女性記者と競い、実際に80日を切る76日半で達成した。1890年のことで、実はこのときに日本を訪れた彼女の言葉もまた、ハーンを日本に導いたようです。
 ハーンが小泉セツと夫婦になり小泉八雲となってからも友情は続き、八雲の死後、自身と八雲との書簡をまとめて刊行、その印税をすべて、小泉家に譲っている。八雲亡きあとに小泉家を訪ねている。八雲にとっての良き友人であり、小泉家を支えた重要な人物なのです。
 そして、セツが口述のかたちで『思ひ出の記』を執筆するよう促したのも、ビスランドでした――ドラマのように挑発めいたやり方で促したわけではないと思う、たぶん。
 あのくだりによって、視聴者にやや悪い印象を残して退場となったイライザですが、ただ私個人としては、むしろあえて悪役を買って出たのではないか、と捉えています。
 理由は、こちらも退場間際だったときの錦織さんです。
 日本の戸籍を獲得するため松江を再訪した頃、モチベーションを失っていたヘブンを批判し、挑発することで、創作意欲を煽った。ドラマの中でこういう描写があった、という事実が、劇中のイライザの行動を解釈する手懸かりと考えれば、あれはイライザなりの励ましであり、八雲亡き後にトキが八雲という作家に貢献できるよう、発破をかけつつ、トキが悲しい記憶に沈んでいかぬよう引き上げるための手助けだったのかも知れません。
 何故なら、イライザは八雲の晩年まで、手紙を通して交流があり、八雲が執筆に煩悶しながらも、日本での生活に馴染んでいたことは知っていたはず。神経質で好き嫌いの境のはっきりとした彼がそんな風に日本に落ち着けたのは、日本の文化への愛着だけでなかったことは、たぶん充分に知っていた。はるばる日本まで訪ねてきて、悲しみに暮れる遺族をわざわざ傷つけて去る、とは考えにくいのです。
 ……だから、出来れば彼女を悪く思わないであげてね。

 劇中で錦織の弟・丈が担当した口述筆記は、史実においては、三成重敬という人物が担っていました。小泉家の遠縁にあたり交流があったことから、セツが「彼なら」と託したといいます。
 実はこの方は東京帝国大学の史料編纂室に勤め、いまも東大に保管される史書をはじめ、重要な文献の整理調査に携わった、知る人ぞ知る人物なのだそう。
 語り手と聞き手の相互に対する理解と尊敬で成立する、まるで『怪談』執筆の過程を踏まえたような形でまとめられた『思ひ出の記』は当時においても強い印象をもたらしており、夏目漱石の妻・鏡子が夫の記憶を口述した『漱石の思ひ出』はこれに触発されたもの、と言われているらしい……ここでもリンクするんだね。

 小泉八雲が東京で暮らした市ヶ谷に自証院という寺院があります。“瘤寺”とも呼ばれ、周辺は樹々に囲まれ静かで風情のある場所だったそうで、小泉八雲は非常に気に入っていた。こういうところで坊主になるのもいい、というドラマでの会話は、ここを差したものでした。
 ただその後、お寺は周辺の林を切りひらいてしまい、それが八雲にはだいぶ不満だったと言います。明治頃は都市の寺院が広大な敷地を整理し、住宅地にすることがあちこちで起きており、避けられぬ状況だったのでしょう、と推測しますが、そもそも我慢して東京に移住した八雲にとっては苦々しい想いがあった。
 ドラマの八雲がトキに言っていた「あなたのために東京に来た」という台詞は、実際の八雲とセツのあいだでも同様でした。ただこれにははっきりと事情はあり、そちらはドラマでは明確には口にしていないものの、描写はされている。
 この時代、国際結婚の例はぽつぽつと出てきているものの、当然多くはありませんし、色眼鏡で見られることも否定できない。こと、松江や熊本のような地方都市ではまだまだ顕著だった。そのためセツは、田舎で暮らすよりも、人口が多く、埋もれやすい都会、とりわけ東京を選んだのです。八雲自身は、松江在住の頃に訪れた隠岐を特に好んでいたのですが、そういう意味ではセツにとってはもってのほかだった。
 八雲を日本に縛り付け、好まなかった都会での生活を強いたことは、実際のセツにとっても後悔が残っていたことかも知れません。ですから、その点まで踏まえた、とさえ思える最終回の描写は、まるですべてを昇華するような、見事なものだったと思います。
 縛り付けられたからここにいるわけではなく、そこで家族と暮らしているからこそのさり気ない幸せがあった。小泉セツが口述の形で著した『思ひ出の記』にも覗くその微笑ましさにこそ焦点を当て、膨らませることに力を注いだ本篇は、朝ドラという長尺の強みを活かした、最善の脚色だった、と思います。熊本や、省略されてしまった神戸での生活で感じた居心地の悪さなんて、最小限でいい。松江で形作られ、場所を変えつつ繋げてきた家族としての絆と幸せが溢れてくるようなクライマックスは圧巻でした。鼻水を垂らすくらい慟哭しながら笑うトキの姿が尊く映る、というのは凄いことです。
 これ、『あさイチ』が普通に放送されてて、鈴木奈穂子アナが受けをしてたら、きっと喋れなかっただろうなぁ。ちょっと観たかったな、なんて思っていたら、朝ドラ直後の選抜高校野球中継冒頭で、現場のアナウンサーが代わりにしっかり受けてたのには笑いました。あれは、やらずには済ませられなかったんだろうなー。

 寂れた寺に葬って欲しい、という願いは、実際に小泉八雲も漏らしていたものだそうです。
 現実に葬られたのは、雑司が谷でした。明治中期くらいのこの辺りがどの程度の様子だったか、私は確認出来ておりませんが、少なくとも現状は、小泉八雲の理想ではないでしょう。
 でも、八雲の名前が彫られた墓碑の隣には、いまも愛妻・セツが寄り添っています。



 ……あ、ちなみに、『ばけばけ』感想はまだ続きます。来週はスピンオフが放送されますし、「これはドラマで採り上げられるのでは?」と思ってず~っと触れずにいたのに、どうやら外されてしまったらしい要素がいくつか残っているので、それについて語ります。まだロスに浸ってる場合じゃないぞ私は。

雑司ヶ谷霊園にある、小泉八雲とセツのお墓。(2024年4月12日撮影)
雑司ヶ谷霊園にある、小泉八雲とセツのお墓。(2024年4月12日撮影)

参考文献
 小泉節子『思ひ出の記』(ハーベスト出版)
 ラフカディオ・ハーン/池田雅之[訳]『新編 日本の面影』(角川ソフィア文庫)
  同上 『新編 日本の怪談 I・II』( 同上 )
 小泉凡/木元健二[聞き手]『セツと八雲』(朝日新書)
 企画展『小泉セツ ラフカディオ・ハーンの妻として生きて』図録(小泉八雲記念館)

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