珍しく平日、しかも月曜日の夜に、イベント上映に出かけてきました。
そもそもは早とちりが理由だったのです。清水崇版『八つ墓村』は早めに観ておきたい、折角なら初日舞台挨拶つきで鑑賞出来たらいいな、と思って、チケットの発売日もチェックしていたのに、金曜日の夜、まだ一般抽選の受付が始まっていなかったにも拘わらずチケットぴあのサイトで申し込みに臨んでしまった。このときはまだ、ぴあカード会員のみの先行抽選だったため、私には申込の資格がない。で、「他にイベント上映はないものか」と公式サイトを確認して、このイベントの存在に気づいてしまった。
別に、そこまで早く観るつもりはなかったのですが、この時点で販売は始まっており、席には余裕がある。しかも出席者は、東京ファンタ関係者の3方に清水崇監督に加え、野本瑠美の名前がある――児童文学者であり、原作者・横溝正史の次女にあたる方です。
出演者が大挙する挨拶もいいけれど、私としては、こちらの方が興味がある。どうやら、時代設定を現代に移し、大きく脚色していると思われる本篇を、原作者の家族としてどう捉えるのか、ちょっと聞いてみたい。
思い立ったら抑えられず、そのままチケットを確保してしまいました。そもそも初日舞台挨拶は抽選に外れたら通常回で鑑賞するしかない、それに対しこのイベントは、私が確認した時点では席があるのです。そりゃあこっちを取るしかない。
月曜の夜を空けるために、普段は透析を休んでいる土曜日に透析を実施し、細かい所が曖昧になっている記憶をいちおう補っておくべく、電子書籍で原作を再読しはじめたり、取り急ぎ備えました。
ただし、ここを書いている時点で読み終わってません。本来の封切りのタイミングであればもっと余裕があったんですが、まあ、これも時の運です……そもそも最低2回は読んでるし、野村芳太郎版も市川崑版も観てるし、JETによる漫画版だって読んでるし、内容はだいたい覚えてます。細部の確認がしたかっただけなのよ。
劇場は新宿ピカデリー、久々なので、ここまでこないと観られない作品で、これは押さえたかった、というのをハシゴしよう、と時間割をチェックしたものの、そういうときほど、合わない。間が空きすぎたり、そもそも同じ時間にしかかかってない、という作品しかなくて、ハシゴは断念。
その代わり、ちょっと早めに現地入りして、だいぶ早めの夕食を摂ることに。駅構内のイイトルミネという施設に出店している鴨to葱にいちど靡きそうになりましたが、当初考えていた、麵屋海神に赴いて食べてきました。久々だけど、相変わらず安定して美味しい。壁に貼りだしてある、アラを取った魚が毎回違っているのに、ちゃんといつもの感じが出てるのがいいのです。
腹ごなしに、若干余計にウロウロしてから劇場へ。
まずはパンフレットを購入。先行上映だと販売していないことが多いのですが、今回はイベント参加者に限り購入出来る。これは地味に有難い。先行で観に来ると、あとでパンフレットを買わねばならず、ふだん寄らないところでばかりかかっている作品だと、忘れてしまうのです。『放送禁止 ぼくの3人の妻』がそれでした。
もう夕飯は食べちゃったけど、イベント含むと2時間半くらい枠が取られているので、ドリンクバーと一緒にフライドポテトも購入。このあたりで既に開場していたので、この項を書きつつ待機。
時間になると、説明も予告もなく本篇突入。いいんだけど、アナウンスとかマナームービーくらい欲しかったかも。
ともあれ、清水崇監督がミステリの巨匠・横溝正史の有名作の再映画化に挑戦、時代を現代に移し、古い呪いに囚われた集落での惨劇を描いた『八つ墓村(2026)』(松竹×Sony Pictures Entertainment配給)を鑑賞。
……予習復習として原作読み返してたけど、無理しなくて良かったかも。原作の設定やテーマを思いっきり解体・再構築して、かなり趣が変わってます。
モチーフには原作の要素が鏤められてますが、これはほぼ清水監督の作風です。音楽に頼るのではなく、沈黙と空気感でおぞましさを表現し、随所でホラーとして突き抜けた描写が繰り出される。途中で立て続けに惨劇が起きるくだりなんか、明らかに“怪異”だもの。
原作どおりを望むファンだと大いに不満があると思いますが、しかし大幅に再構築しながらも、ちゃんと原作が備える根本的な“怖さ”は採り入れているのです。あまりにも印象的なクライマックスは舞台はもちろん展開も大幅に変えられているものの、ある意味、原作も一歩間違えれば到達していた状況だと思う。
意外なアレンジではあるけれどオリジナルの持つ愛嬌や思想はちゃんと受け継いだ尾上松也による金田一耕助を筆頭に、登場人物たちの原作からのアレンジっぷりも、そのまんまを望むなら噴飯物ではありますが、私はとてもよく工夫していて好感が持てます。
まあ、ひとつ不満を挙げるなら、随所で展開に至るトリガーが欲しかった気はする。冒頭もそうだし、クライマックスでも、「何故この展開に繋がったか?」という部分が解りづらい――解りづらい、というのは、製作サイドでは設けているのかも知れないけれど、初見では伝わりにくいのかも、と考えてのことです。もしかしたら再鑑賞したら気づくことがあるかも知れませんが、内容的に、そこは把握しやすいほうが良かったと思う。
しかし、古典的名作にあえて挑んで、現代的、そして清水崇監督らしい再解釈で形にした挑戦心は称賛されて然るべきだし、充分に面白いと思う。
上映のあとはトークイベントです。
まずは司会者の奥浜レイラが登壇。最初にイベントの冠につけられた“東京ファンタ”の説明から入りました。念のために軽く説明すると、これは1985年から2005年まで開催されていた東京国際ファンタスティック映画祭のことで、惜しまれつつ終了したものの、その後、様々な映画祭に引き継がれたスタイルを復活させるべきでは、という機運が高まり、そのきっかけとして、本篇の先行上映を採り上げた、という経緯らしい。
続いて、東京ファンタを手懸けていたいとうせいこうと大場しょう太が登壇。司会含め、この映画祭ではお馴染みの取り合わせだったらしく、映画祭とか当時の事情をすんごい勢いで話します。例によってメモを取っていたのですが、到底追っつきません。ざっくり要点を抽出すると、司会が話した前述の事実に加え、清水崇監督が当時は観客として映画祭の常連で、いずれ出展することを願っていて、ようやくその機会が近くなった矢先に映画祭が終了したので、ある意味、必然的な組み合わせだったらしい。
というわけで今度は清水崇監督。しかし、このあとのトークも、ここでは書きにくい代物でした。なにせ、どうやら完成後、初めてネタばらしを恐れず話が出来るステージだったらしく、そうでなくてもお喋りないとう・大場両氏と共に、内容に抵触しまくるのです。
ただ、ざっくり要約すると、清水監督はかなり覚悟のうえ製作に臨んだ模様。既に企画がある状態で依頼があり、脚本も準備が始まっていたらしい。恐らく、自分以外の誰が受けたとしてもあれこれ言われることは間違いないだろうし、製作サイドからは「清水節に振っていい」というお許しがあったことで決心がついたらしい。
一方で清水監督は、オリジナルについて何も知らない人でも楽しめる作品を志向したそうです。有名な作品ながら、だいぶ前から『犬神家の一族』と混同される傾向にあって、若い世代は本来の物語を知らない。そういう人が観ても入り込みやすく、なおかつ、ここから原作や、先行する野村芳太郎監督版、市川崑監督版などに触れてもらえるようにしたかった模様。
ですから、私は原作をある程度まで読み直して、ざっくり内容を頭の中に蘇らせてから鑑賞しましたが、そんな必要はなかったらしい。実際、私も観てそう思いました。
最後に、原作者・横溝正史の次女であり、児童文学者である野本瑠美が登壇。こちらとしては、原作者の親族が本篇をどのように捉えたか、に興味があって、他の出演者も当然のようにそこを訊ねたのですが、野本氏はまず父君の人となりを話しはじめた。
横溝正史は、因習を作品で扱っているため、古いタイプの人間に思われるが、けっこうモダンな方だったそうで、銀座のカフェ(当時は盛り場)で人気3番手になるくらい、よく銀座を徘徊していたらしい。あの界隈ではヨーヨーを売っている女性がいて、横溝はそれをぶら下げてカフェや美術館を巡っていたという。
そういう方なので、新しい価値観への理解もあった。自作を映画化するときは、あくまでも監督の作品とすることを求めたそうです。だから、現代の社会や価値観をきちんと取り込みつつ、原作の肝を押さえた本篇には、きっと「君、よくやったね」と喜んだのではないか、というのが、野本氏の意見でした。
他の映画祭などでは横溝のお孫さんも参列していたそうで、そちらにも好評だったため、清水監督としてはだいぶ安堵された模様。
なんだかもっと話を聞きたい感じでしたが、このあたりで時間いっぱいとなったため終了。トークイベントは30分ほどでしたが、結構な充実感でした。一所懸命メモを取ったけど、あんまりここに書き出せないのが口惜しい……もっとも、本当に序盤は会話が早すぎて、急いで書いた文字は読み返すのも困難な代物でした。お隣の席の方が興味を持たれて、写真を撮っていかれたのですが、たぶんどう頑張っても読めないと思う。
食事も済んでいるので、イベントの後はまっすぐ帰宅です。
新宿駅に入ったとき、ちょうど近くを通りかかったので、鴨to葱のお店のほうを窺ったら――席は埋まり、列が出来ていた――並ぶのにそこまで抵抗はないけど、新宿に来るのはだいたい映画鑑賞で、けっこう時間がタイトなさなかです。この支店に立ち寄る機会はなかなかなさそう……っていうか、もしかしたらイベント前こそ、千載一遇の好機だったかも。マジで、もうあんまり縁がないかも。



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