『ファンタジア』


『ファンタジア』Blu-ray Disc版(Amazon.co.jp商品ページにリンク)。

原題:“Fantasia” / アニメーション監督:ベン・シャープスティーン / 脚本:ジョー・グラント、ディック・ヒューマー / 製作:ウォルト・ディズニー / 動画監督:ウォード・キンボール / 音楽監督:エドワード・H・プラム / 演奏:フィラデルフィア管弦楽団 / 指揮:レオポルド・ストコフスキー / 出演:ディームズ・テイラー / 声の出演:ウォルト・ディズニー、ティム・マシスン / 初公開時配給:大映 / 映像ソフト発売元:Walt Disney Japan
1940年アメリカ作品 / 上映時間:2時間5分 / 日本語字幕:?
1955年9月23日日本公開
2011年4月20日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon]
初見時期不明(レーザーディスクにて鑑賞したのは覚えてる)
東劇にて再鑑賞(2021/3/27)


[概要]
 音楽には3つの種類がある。ひとつは、何らかの物語を綴ったもの。ひとつは、具体的な物語は持たないが、情景を想起させるもの。そしてもうひとつは、音楽のための音楽、いわば“絶対音楽”。
 この作品は、そうした物語の有無に拘わらず、クラシックの名曲の数々からアーティストたちがイメージを膨らませ、アニメーションとして映像化したものである。
《トッカータとフーガ》では、その旋律がイメージさせる映像を抽象的に展開させ、《くるみ割り人形》は原型となったバレエの物語に囚われず、自然の四季を彩る妖精たちの姿を描き出した。《魔法使いの弟子》では我らがミッキーマウスが弟子に扮し、トラブルを巻き起こす様を滑稽に演じる。
《春の祭典》では生命の誕生から恐竜の滅亡までを辿り、《田園交響曲》では神話のひと幕を鏤めた。動物たちが愛嬌たっぷりに舞い踊る《時の踊り》、そしてフィナーレはヴァルプルギスの夜に跳梁する悪魔と死霊が夜明けの光に静まるさまを、《はげ山の一夜》と《アヴェ・マリア》のカップリングで描いた。
 指揮はレオポルド・ストコフスキー、演奏はフィラデルフィア管弦楽団。ディームズ・テイラーのナビゲーションのもと、イマジネーションの宴が始まる――


東劇の旧チケットカウンター上部に掲示された、『ファンタジア』ヴィジュアル。
東劇の旧チケットカウンター上部に掲示された、『ファンタジア』ヴィジュアル。


[感想]
 いまやアニメーションの代名詞であり、エンタテインメントの中心にあって年齢世代を問わず広い支持を集めるウォルト・ディズニーを代表する傑作だが――もし、本篇に接した経験なしに、これを子供に見せようとしている大人がいるなら、いっかい自分で鑑賞して、思案したほうがいい、と忠告したい。
 企画当初から芸術作品を志していたこと、アーティストたちが、それぞれの担当する楽曲から想起される映像をかたちにしたということ、そして題材がクラシック、と前提となる条件を並べただけでも、子供にはハードルが高そうだ、と察しはつくが、半端な覚悟で乗り込んできた観客を突き放すように、冒頭から《トッカータとフーガ》をもとにした抽象的なイメージの洪水が襲ってくる。ミッキーマウスやドナルドダックが楽しげに躍動するさましか想像していないなら、子供に限らず大人でも困惑し、腰が引けてしまうはずだ。そしてそれ以上に、眠気に屈しそうになる。
 抽象的な映像のみで展開するのはこの1曲目だけ、他の作品はまだ具体的な映像があるが、明確なストーリーのないものが中心で、楽曲と併せて提示されるイメージを、観客が解釈していく必要がある。多くを語らないことの深み、その余白にある意図を読み解いていく面白さを理解しているひとでなければ、確実に退屈するだろう。
 唯一の例外は、《魔法使いの弟子》である。これにはディズニーのアイコンとも言うべきミッキーマウスが登場し、台詞がまったくなくとも動きだけで理解できるシンプルな物語がある。恐らく本篇を観ていないけど知っていた、というひとの頭に浮かんでいるのは《魔法使いの弟子》か、峻険な山が巨大なサタンに変貌する《はげ山の一夜/アヴェ・マリア》だろう。代表的な映像がいちばん親しみやすく、その前後に鑑賞眼、精神的成熟を求める作品が並んでいるのだから、観客に対してなかなか厳しい。
 ただ、しっかり腰を据え、細部まで吟味しながら鑑賞すれば、味わい深く、刺激的な映画であることは間違いない。
 製作されたのは1940年、まだCGの技術が映画に導入される遙か以前で、アニメーション部分はすべて手で描かれている。だというのに、動きはごく滑らかで、舞う妖精の衣や羽根に透明感までも表現している。それぞれの技術は本篇よりも前に先駆者たるディズニーのアーティストたちが完成させていったものだろうが、その表現としての高い完成度にはただただ唸らされる。
 そして、描き出されるイメージとその多彩さが凄い。妖精たちが風物に季節をもたらす《くるみ割り人形》、当時の科学的認識に基づいて生命誕生から恐竜の滅亡までを大胆に描いた《春の祭典》。神話の中で繰り広げられる神々の気ままで非情な振る舞いを優雅に描いた《田園交響曲、》。カバやゾウ、ワニが陽気に、しかし緻密な計算の中で踊る《時の踊り》など、アニメーションでのミュージカル表現を『メリー・ポピンズ』に先駆けて完成させた感がある。そしてクライマックスを飾る、《はげ山の一夜》から《アヴェ・マリア》に至る静と動の対比。
 なまじCGでの表現技術が発展を遂げたいまでは、ここまでのものをわざわざ手描きで実践しよう、と考える作り手はいるまい。音楽を題材にしたイマジネーションに富むアニメーションは今後また誰かが手懸けるとしても、本篇のような重厚感、神々しさを出すのはたぶん不可能だ。いち早くステレオを採用したことでも映画史にその名を残しているが、アニメーション表現のひとつの極みとして、今後も語り継がれ、繰り返し鑑賞される作品だろう――そしてたぶんこれからも、観るひとに眠気との闘いを強いる。


関連作品:
魔法使いの弟子』/『くるみ割り人形と秘密の王国
メリー・ポピンズ』/『メリー・ポピンズ リターンズ』/『ウォルト・ディズニーの約束』/『アナと雪の女王』/『アナと雪の女王2
路上のソリスト』/『ツリー・オブ・ライフ
崖の上のポニョ』/『サマーウォーズ』/『シュガー・ラッシュ:オンライン

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